勝つときは汚く 負けるときは美しく

ふと気がつくといつも似たような話をしているので書き留めておきます

【謎解きジオン①】グフはザクとは違うのか?完結編

 宇宙世紀に生きる者なら誰でも一度は抱く疑問にガチンコで挑む不定期連載企画【謎解きジオン】。第1回は「グフはザクとは違うのか?」です。中編はこちら。【謎解きジオン①】グフはザクとは違うのか?中編 - 勝つときは汚く 負けるときは美しく

 

地上でMSはいかに戦うべきか

 一年戦争初頭、ジオン公国軍はMSザクを投入して地球連邦軍を圧倒したが、短期での戦争終結には失敗し、3度の地球降下作戦を実施して戦線を地上に拡大した。

 しかし本来空間戦闘兵器として開発されたMSの戦闘ドクトリンは無重力かつ真空の宇宙空間での対艦戦闘を想定して立案されたものであり、その点では重力下での地上戦でMSがいかに戦うべきか、実は明確な運用思想があるわけではなかった。例えば膠着した戦況では本来機動兵器であるMSが拠点防衛に配置され、実質砲台と化してMS本来の優位が失われてしまうといった齟齬が生まれていた。それでも重力戦線においてジオン軍連邦軍と拮抗できていたのは、コロニー墜としの損害による連邦軍の指揮命令系統の混乱、初戦の劣勢による士気低下といった要素が大きかったと考えられる。

 

一撃離脱の戦闘ドクトリン

 もともとザクの戦闘ドクトリンは、ミノフスキー粒子散布によって電子誘導兵器が無効化された連邦軍艦艇を攻撃する意図のもとに設計されていた。

 前衛2機と後衛1機の計3機を編成した一個小隊を戦闘単位とし、>字の隊形をとって、マシンガン装備の前衛2機が(南極条約以前は戦術核弾頭を装填した)バズーカ装備の後衛を護衛しつつ、艦船の対空火器や迎撃機などの対空防衛網を掻い潜って目視距離まで接近、後衛が擦れ違い様に艦橋や機関部などの艦艇中枢にバズーカを撃ち込み、今度は<字型の隊形をとって離脱する。

 ちなみにこの>字型の隊形をさらに一直線にしたのが黒い三連星独特の戦技、ジェット・ストリート・アタックである。直線状に並ぶことで敵艦に晒す被弾面積を最小化し、また前衛を1機(通常はガイア大尉)とすることで後衛の2機が敵艦艇への近接攻撃に専念することができる。3機が一直線に並んで高速機動する操縦技術、1機で前衛を務める戦闘技術と判断力、そして相互の連携と、黒い三連星の高い練度を以って可能な戦技である。

 これらはAMBACによるMSの空間機動力、ミノフスキー粒子散布による有視界戦闘の強要といった戦術的条件を前提として、圧倒的な連邦艦隊の火力に対抗するためにジオン軍が練りに錬った戦闘法であり、緒戦の華々しい戦果は決してMSの兵器としての優位性だけに依存していたわけではない。そしてこの戦闘ドクトリンをみても分かる通り、見た目の印象をやや裏切るかもしれないが、宇宙空間でのMSは旧世紀の海戦における急降下爆撃機雷撃機に近い兵器なのであって、完全に一撃離脱をコンセプトとしているのである。

 

重力戦線の危うい均衡

 ところが、地上に降りたザクは重力と大気という制約を受けるので、そもそもの戦術的条件が実は全く変わってしまっている。それによってザクは戦車あるいは歩兵に近い存在となり、その兵器的性質は宇宙とは全く異なっていた。

 地上に降りたザクを評価するならば、連邦軍61式戦車やフライマンタ戦闘攻撃機などの主力兵器に対して優勢な火力と装甲、索敵・中長距離での砲撃戦・近接距離での白兵戦等、さまざな作戦目的に単機で対応可能な汎用性など、依然としてパッケージとしての完成度では他の追随を許さない兵器ではあった。なによりも、ザクは初戦のジオン軍の快進撃を支えた象徴であり、彼我の兵士に与える心理的影響、戦場における存在感は絶大だった。ただしそれは宇宙での空間戦闘のような戦術優勢とは異なり、ザクの存在は地上では決定的な戦力差とは言えず、重力戦線の均衡は多分に流動性を含んだものであった。

 連邦軍がMSの戦力化に成功することは、彼我の心理的バランスが変わり、一気に地上でのミリタリー・バランスが崩れる可能性を意味していた。したがってジオン軍首脳部は近い将来に必ず連邦軍がMSを投入してくるという前提でMS戦略の再構築を迫られていた。問題は、連邦軍のMSがどのような戦略で投入されてくるか、である。

 

少数精鋭を予測したジオン軍

 推測ではあるが、ジオン首脳部は連邦軍のMS戦略はハイスペック・ハイコストな高性能機の少数投入になると考えていたのではないかと思っている。

 そもそもジオン公国はザクの開発によって開戦を決断できたのであり、緒戦の戦果の多くをザクに依存している。したがって後発である連邦軍が、単機の性能比較においてザクよりも劣るMSを新たに投入することには戦略的意味がない。必ずザクよりも高性能な機体を開発した上で戦線投入してくるはずである。そしてジオンが地上にまで喰い込んで進出している以上、MS同士が戦う当面の戦場は重力戦線となる。

 連邦軍のMS投入が恐らく規模としては少数に留まると予測するには、いくつか根拠が挙げられる。まず工業生産力の問題である。圧倒的な国力をもつ地球連邦は、当然生産力においても大きくジオンを凌駕しているはずではあるが、全く新しい兵器を大量に生産するには素材調達や部品加工、流通なども含めて膨大な生産ラインの再構築が必要だろう。コロニー墜としによって工業インフラ自体が甚大な被害を受けている条件下で、そのようなオペレーションを遂行するのは技術的にも政治的にも相当な困難を伴うはずである。地球連邦のなかには、緒戦の惨敗の結果を受けてもなおMSに懐疑的で、艦隊再建を優先するべきという勢力も多かったのである。膨大とはいえ有限の工業リソースをどこに集約するかというのは、戦時下においては高度な政治的判断でもある。

 また生産力よりもさらに難しいのは、パイロットや保守要員といった人員の確保だったはずだ。戦争において最も重要な資源は人間である。兵器は工業資源さえあれば生産できるが、訓練された兵士を錬成するにはどうしても時間が必要である。この点では人口の少ないジオンも慢性的に苦労して「ジオンに兵なし」などとレビル将軍に言わないでもいいことを言われていたわけで、仮にMSの大量生産が可能だったとしても、全く新しい兵器体系に適応した兵員を短期間で錬成するというのは極めて難しいと考えていたはずだ。そもそも連邦軍にはMSの訓練過程すらまだ存在していなかったのである。

 また兵器と兵員が揃っても、それを既存の兵器体系とどう組み合わせて運用するのかといった問題もある。このようにジオン軍が先行していたのは兵器開発の分野だけではなく、人的リソースや運用設計といった分野でも連邦軍は全て新しく用意しなければならなかった。

 

連邦軍のMS戦略

 これらの諸条件を考慮すると、連邦軍のMS戦略は恐らく既存の兵器体系のなかにMSをどう統合するかという方向で考えざるを得ず、主力はあくまで戦車や戦闘機などの通常兵器で、そこに少数のMSを統合した諸兵科連合になるはずだとジオン軍首脳部は考えたのではないだろうか。

 恐らく戦場では既存の通常兵器で対抗しつつ、ザクに対して相対的に優勢な高性能MSをピンポイントで投入して、全体としてはMSの優位性を相殺していくという戦略を予測したのではないかと思う。

 実際、試験的に先行して導入されたRX-79[G]陸戦型ガンダムやRGM-79[G]などは、量産機とされながらも、のちに大量配備されたRGM-79ジムより高性能な機体となっている。配備先も極東方面軍機械化混成大隊(コジマ大隊)やヨーロッパ方面軍独立混成第44旅団といった、通常兵器と連携した運用試験を意図した編成がなされていた。これらの状況を鑑みると、恐らく少なくとも当初はジオン軍は予測を外してはいなかったのだと思う。そしてこのような戦局予測のもとに地上での戦闘ドクトリンが再立案され、それに基づく新型機として開発されたのがグフだったのではないだろうか。

 

グフはザクの後継機ではなかった

 グフの評価を難しくしているのは近接距離での白兵戦に特化し過ぎていることである。推力よりも装甲と運動性能を重視した設計思想、極端に火力を絞った固定兵装など、ある意味グフをグフたらしめている要素は、全てそこに起因する。しかしジオン軍内部で考えられていた、来るべき連邦軍のMS戦略への予測を変数に加えると、グフが生み出されたロジックがみえてくる気がするのである。

 従来グフはザクに替わる次世代の主力機候補として捉えられことが多かったが、大胆に汎用性を犠牲にしたグフとザクとは全く異なるコンセプトのもとに構想されている。ザクのコンセプトは、生産性、メンテナンス効率、さまざまな改修を可能にする冗長性など、兵器としての汎用性を追求したパッケージとしての完成度の高さである。ゆえに一年戦争後もRMS-106ハイザックやAMX-011ザクⅢのような後継機を生み出し続けた。それに対してグフはMSとの格闘戦という特定のシチュエーションに特化した機体である。恐らくグフは次世代機としてザクに代替する存在ではなく、ザクとの併用を最初から意図して開発されたのである。

 

チャンバラの用心棒

 ジオン軍の予測した連邦軍のMS戦略は少数の高性能機が、謂わば「ザク・キラー」として戦場に投入されるというものだった。グフは、その「ザク・キラー」にさらに対抗するカウンターの役割を担うことを期待されて開発されたのではないだろうか。

 ここでもう一度、ランバ・ラル大尉とガンダムの戦闘を思い起こすと、ラル大尉のグフにはコズン・グラハム少尉とアコース少尉のザク2機が随伴して3機での小隊編成となっていた。戦術的には、ザクがガンキャノンガンタンクといった支援機をガンダムから切り離し、グフとの一騎打ちに持ち込むという意図があったようにみえる。そしてそれがグフとザクを連携させた新しい戦闘ドクトリンであり、ランバ・ラル隊にはグフの試作機の試験だけではなく、新しい戦闘ドクトリンの運用試験という任務もあったのではないかとみえるのである。

 グフの強みが格闘戦なら課題はいかに近接距離に持ち込むかで、単機でみたときにはそこが泣き所にもなっていた。しかしそもそもザクと連合した戦闘単位を想定していたならば、グフが接敵するにはザクの支援があることが前提となっていたはずである。だからグフは絞り込んだ仕様で設計されていたのだろう。そう考えればザクに比べてグフの生産数が圧倒的に少ないのも、必ずしもグフの評価が低かったせいとも言い切れなくなる。

 またジオン軍がビーム兵器開発において連邦軍に遅れをとっていたということもグフのコンセプトに影響していたかもしれない。新しく投入される連邦軍のMSでビーム兵器が標準兵装とされれば、グフだろうがザクだろうが火力では劣勢に陥るのである。であれば、これに対抗するには近接戦闘に持ち込んで火力差を無効化するしかなく、技倆・経験において優勢なエース・パイロットを格闘戦に特化した機体に乗せて、それを従来機であるザクが支援するという発想は理にかなっている。

 喩えるならば、グフは時代劇のチャンバラにおける用心棒のような存在として期待されたのではないだろうか。連邦軍のMSが現れたらザクはサッと退いて、グフが一騎打ちで敵を仕留めるイメージである。

 また従来機であるザクがグフと同じジオニック社の製品だったことも、両機を併用する発想に影響していたかもしれない。ジオニック社としては、最大のヒット商品であるザクを旧式化してしまうことに少なからず抵抗があったはずだし、その製品寿命をできるだけ長くしたいという意図があっても不思議ではない。その点、ザクと入れ替わる新型機よりも、ザクと併存して運用されることを前提とした機体の方がジオニック社にとっては好ましいシナリオだったという可能性はある。

 

グフはザクとは違うのか?

 しかし、結論を述べると戦局はジオン軍の予測通りには進まなかった。

 地上での天王山となったオデッサ作戦では、連邦軍の主戦力となったのは従来兵器である61式戦車やフライマンタ戦闘攻撃機であり、帰趨を決したのはMS同士の戦闘というより、770万人対98万人という人員数にものを言わせた物量差であった。このような戦場では対MS戦に特化し過ぎたグフはザク以下のパフォーマンスしか発揮できなかったと思われる。見方を変えれば緒戦の劣勢から体制を立て直した連邦軍には、少なくとも地上では従来の戦闘/兵器体系でジオン軍を圧倒する実力があったということでもある。一方、グフを中心としたジオン軍のプランはあくまで対MS戦を想定したものにとどまり、地上におけるMSの戦術的優勢をどう組み立てるかという課題に対して、ジオン軍は結局答えを見出せなかったのである。

 オデッサ作戦を境として、戦局の重心が宇宙に移ると連邦軍はMSの本格投入に踏み切るが、そこで採用されたのはガンダムような高性能機の少数精鋭主義ではなく、ザクと大差ない性能のジムの大量投入という戦略だった。

 ジムの生産数はザクに迫る3,800機と言われ、本格的な生産が始まったのがU.C.0079年10月からとすると月間平均で2,000機近い数が生産されたことになる。ザクの4,000機が1年以上かけて生産されたことを考えると、連邦とジオンのマニファクチャのあいだには数倍の差があったことがわかる。

 また兵員の問題も、ガンダムなどの試験機で得た運用データをジムの機体OSにインストールすることで錬成期間の短さを補う手法を採用した。多くが戦闘機などの航空機パイロットからの転換で、その点でも宇宙軍の方が人員数を揃えやすかったかもしれない。またジオン軍の戦闘単位が3機小隊編成だったのに対して、連邦軍は5機小隊編成を採用して、徹底的な物量優勢の確保に努めた。この辺り、ロジスティック担当のゴップ提督の手腕とも言えるし、MS推進派だったレビル将軍の影響力が宇宙軍で強かったということかもしれない。作戦レベルの指揮能力や組織的体質などに多くの問題を抱えていた連邦軍ではあるが、ジオン軍に比べると戦争のプロという印象を受ける。結局のところ戦争は数というリアリズムに徹したことが、連邦軍の勝因である。いずれにしても、国家間の全リソースを投入した総力戦という戦局のなかで、MS同士の一騎打ちを制するというグフのコンセプトは埋没してしまい、ザクのような汎用機のコンセプトの方が長く生き残る結果となった。

 しかしアジアやオーストラリア、あるいはアフリカ戦線などで繰り広げられた局地戦では、ジオン軍の予測した通りの戦場が展開され、多くのエース・パイロットがMS同士のチャンバラで躍動する場面が生まれたのも事実である。ゆえにグフは戦局に大きな影響を与えることはできなかったかもしれないが、多くのエースに愛される機体ともなったのである。

 

 さて、もうそろそろグフが「ザクとは違う」のかどうか、我々なりの結論を得たいと思う。確かに、

グフはザクとは違う。

 なぜならば、ザクは汎用機として戦争のリアリズムを体現した機体であるのに対して、グフはMS同士の一騎打ちという戦場のヒロイズムを追求した機体だから。