勝つときは汚く 負けるときは美しく

ふと気がつくといつも似たような話をしているので書き留めておきます

【謎解きジオン①】グフはザクとは違うのか?中編

 宇宙世紀に生きる者なら誰でも一度は抱く疑問にガチンコで挑む不定期連載企画【謎解きジオン】。第1回は「グフはザクとは違うのか?」です。前編はこちら。【謎解きジオン①】グフはザクとは違うのか?前編 - 勝つときは汚く 負けるときは美しく

 

オーバー・スペックなヒート・ロッド

 ヒート・ロッドは伸縮式の電磁鞭であり、サーベルのリーチを超えた中距離戦闘を想定した兵装とされているが全長が17.5mしかなく、これだとヒート・サーベルと実質的なリーチは大差がないようにも思う。伸縮式とはいえリーチの外に出てしまえば火力の低いグフは圧倒的に不利であり、ヒート・ロッドも基本的にはサーベルと同じく近接戦を想定したときの補助兵装と考えたい。

 ヒート・ロッド自体は摂氏400度まで加熱可能でヒート・サーベルやヒート・ホーク同様「斬る」ことが可能であり、ラル大尉はセイラさんの搭乗するガンダムの爪先を溶断してみせている。また絡み付かせて電流を流すことでカイ・シデンガンキャノンを行動不能に陥れており、むしろ本来のヒート・ロッドの用途はこちらにあったと考える。

 恐らく副兵装のヒート・ロッドで敵機の脚を止めることでインファイトに持ち込み、主兵装のヒート・サーベルでとどめを刺す、という運用方法が想定されていたのではないだろうか。決して悪い武器ではない。しかしこれを使いこなせるパイロットがどれだけ存在するか疑問も残る。

 鞭というのは熟練した使い手が用いれば近接戦闘で最強の武器になり得る。腕から伝わる運動エネルギーに加えて鞭自身が「しなる」ことによって先端にいくほど高速で動くことになり、その威力や回避の難しさは他の格闘兵装を凌駕するものになるからだ。しかし鞭の弾性によって速度が増すということは、その分制御することが難しいということでもあって、ましてや操るのは人間ではなくMSという機械である。

 MSというのは予めコンピューターがシミュレートした動作をパイロットの操作とセンシングした外部条件をもとに再現して動くもので(コックピットにみえるレバーやペダルだけで、あのような複雑な動作ができるわけではない)、鞭のような不規則な動作をコンピューターのシミュレーションだけで制御するには限界があるのではないだろうか。仕様上は積層した特殊デンドリマーに独立して電荷を与えることで自在に動かすことができるとあるが、そんな複雑な動作を近距離での対敵動作中に制御できるものか、大いに疑問符がつく。

 つまりヒート・ロッドはパイロットの操縦技術に依存する割合が大きい兵装なのである。言い換えれば、ラル大尉のようなエース・パイロットの技倆をもってして初めてヒート・ロッドは武器として有効に機能するのであって、並のパイロットにそれを期待するのは難しいということである。実際、オデッサ戦やジャブロー戦に大量投入されたグフがヒート・ロッドを使用しているシーンはあまり記憶にない。

 グフのリファイン・モデル、MS–07B-3グフ・カスタムではヒート・ロッドはワイヤー型に小型化し、溶断機能が廃されて放電機能だけとなり、鞭というより分銅のような装備となっている(ゆえにヒート・ワイヤーとも呼ばれる)。これもヒート・ロッドの機能で最も有効に活用されたのは敵機の運動機能への打撃だったことを示している。ヒート・ワイヤーでは積層式という複雑な構造が廃されたために自重を懸架可能なほど耐久性が向上し、また先端部が吸着可能な錘状(アンカー・タイプ)になっており、敵機の動作を拘束するというコンセプトがより明確になっている。

 こうして検討すると、ヒート・ロッドに鞭としての破壊力まで求めたのは、過剰に野心的なジオン開発陣にありがちな欲張り仕様だったといえまいか。結果として溶断機能はジェネレーターの給電負荷を高めただろうし、複雑な構造はメンテナンスの負担を大きくしたと思われる。

 しかしヒート・ロッドはまだいい。扱いが難しいが適切な乗り手を得れば悪い武器ではない。

 

中途半端なフィンガー・バルカン

 75㎜フィンガー・バルカン、これは厳しい。どういう状況を想定した兵装なのかよくわからないのである。

 まずグフ唯一の火器なのに火力が中途半端。5連装とはいえ口径75㎜というのはMS相手の想定としては小さ過ぎる。MSに対しては非力とされた連邦軍主力戦車M61の主砲でも口径150㎜の2連装式である。口径120㎜のザク・マシンガンがガンダムの装甲を貫通できなかったことも想起されたい。

 装弾数は不明ながら左腕部の余剰スペースを弾倉としていたということなので多くはないだろうし、作戦行動中の給弾も困難だろう。砲身自体も短いため射程距離も長くはとれなかった筈だ。

 あるいはMSではなく戦車や爆撃機のような通常兵器を標的とするなら、この火力でも充分脅威になり得る。確かにグフの兵装自体基本的にMSとの近接戦闘に特化しているので、本来の連邦軍の主力である通常兵器に対抗するという意図なら理解できなくもない。

 しかしフィンガー・バルカンは左腕のマニュピレーターの5指自体が砲身になっていてザク・マシンガンのような光学照準器をもたないため、盲撃ちで弾をばら撒くことしか期待できない。実験段階では曲射砲身によって柔軟な戦闘が可能とされたが、どういう状況を想定していたのだろう。遮蔽物の影から左腕だけ出して撃つとか、あるいは背後や側面に手だけ向けて撃つとか。確かに腕部と一体化していて取り回しがいい分撃ちやすいかもしれないが、狙って当てるというよりは、やはり弾をばら撒くという運用になるだろう。ただその割には装弾数が心許ない。

 またグフのMSとの格闘戦特化というコンセプトを考えると、左腕のマニュピレーターとしての機能を実質的に犠牲にしてまで通常兵器向けの兵装を付加することには大きな違和感を感じる。実際、多くの部隊では左腕をザクのものなどに換装して、ザク・マシンガン等を扱えるようにして運用されていたらしい。通常兵器向けの兵装だとしても中途半端さは残るのである、、

 火力が小さく、装弾数も少なく、射程も短く、狙撃にも向かない。もしMSに対してこのフィンガー・バルカンになんらかの効果を期待するならば、牽制射撃しかないだろう。

 そもそもグフは近接距離での格闘戦に特化した機体である。つまり補助兵装はグフの得意な距離までどうやって接敵するかという点に重心が置かれている筈だ。先に検討したように、ヒート・ロッドは本質的には敵機の運動能力に打撃を与えることで優位な格闘戦に持ち込むための兵装だった。ではフィンガー・バルカンはどうか。

 小口径とはいえ火器であるフィンガー・バルカンは当然ヒート・ロッドよりはリーチの長い兵装である。しかし火器が有効な距離では当然敵機も火器を使用してくる筈で、その場合相手がMSなら火力劣勢なグフは確実に撃ち負ける。火力優勢とはいかないまでも、ある程度は対抗できないと、直に射線上に機体を曝すこととなり、推力においてもザクに劣るグフがフィンガー・バルカンで敵機の狙撃を牽制して接敵することはかなり困難だろう。

 あるいは近接戦闘時の補助兵装としてはどうだろうか。似たようなコンセプトの兵器としては連邦軍RX-78-2ガンダムの頭部に実装されている60mmカートレス3砲身短バルカンが思い当たる。あれも若干意図の分かりにくい兵装ではあるが、ビーム・ライフル等の取り回しが困難な格闘戦時に、(奇襲効果も含めて)敵機の動作を牽制する効果が期待されたものと考えられる。無論、フィンガー・バルカンよりひと回り小さい60㎜の口径でMSを撃破することはさらに難しいが、ザク程度の装甲なら近接距離で大量に当てれば大きな損害を与えることも可能だろう。

 しかしグフのフィンガー・バルカンとガンダムの60㎜バルカンの間には用兵上の大きな違いがある。近接距離で想定されているガンダムの標準兵装は右腕にビーム・サーベル、左腕にシールドという装備であり、この点グフのヒート・サーベルとグフ・シールドとほぼ同じ想定だが、ガンダムのバルカンは頭部に実装されているために両腕の兵装がアクティブな状態である。それに対してグフのフィンガー・バルカンは左腕に固定されているために、射撃姿勢をとるとシールドによる防御を犠牲にせざるを得ないし、右腕のサーベルによる斬撃もかなり姿勢として厳しくなるだろう。これは近接戦闘時の補助兵装としては致命的な欠陥だと思う。ガンダムのバルカンは射撃のための姿勢変更を必要としない点からも、頭部にあるという奇襲効果からも、近接戦闘時の補助兵装としては一定の効果を期待できるが、グフのフィンガー・バルカンにはそれがない。

 ヒート・ロッドと同様に、グフ・カスタムではフィンガー・バルカンは大幅に見直された、というか撤廃されている。グフ・カスタムの携行火器は6砲身75㎜ガトリング砲と一体化したガトリング・シールド、左腕前部に装着式の口径35㎜3連装ガトリング砲の2種を標準とし、火力としてはかなり強化されている。

 しかし主兵装が白兵戦にあることは変わりがなく、ガトリング・シールドは中距離から近接戦闘に持ち込むための牽制射撃をはっきりと意図した仕様になっている。口径はフィンガー・バルカンと同程度ながら6砲身のガトリング式を採用、速射性能を強化することで弾幕を張り、面での制圧力を大幅に向上させている。外装式にしたことで作戦行動中の給弾も可能となった。火力をそのままに手数を増やすという思考は、やはりとどめは白兵戦を想定していたと考えられる。というか、そうでなくてはもはやグフである必要がないということかもしれない。

 地味にガトリング砲は着脱式でシールドと分離可能となっており、接敵後はデッドウェイトとなるガトリング砲は放棄して、左腕をシールドによる防御に使えるようになり、従来機の抱えていた矛盾も解消されている。

 35㎜3連装ガトリング砲の方はフィンガー・バルカンより取り回しの悪いガトリング・シールドを好まないパイロット向けのオプション、あるいはガトリング・シールド自体が放棄前提の設計なので、予備火器として用意されていたのかもしれない。

 

 さて、このようにグフの固定兵装には課題が多く、量産機としては短命に終わった機体でもある。ではグフは失敗作だったのか、あるいはジオン十八番のトンデモ兵器の類だったのか。

 否、

 グフ・シリーズは確かに全体としては成功した機体とは言い難いかもしれないが、青い巨星ランバ・ラル大尉はもとより、荒野の迅雷ヴィッシュ・ドナヒュー少尉、トーマス・クルツ少尉、グフ・レディことサイラス・ロック中尉、マルロ・ガイム中尉など、重力戦線の錚々たるエース・パイロットに愛された機体でもある。

 そして、恐らくここまで目を通して貰った読者には薄々理解されていると思うが、グフの欠点のほとんどはMS-07B-3グフ・カスタムにおいて解決できているのである。

 恐らく『第08MS小隊』におけるノリス・パッカード大佐搭乗の「イェバ」、あるいは『ギレン暗殺計画』でのランス・ガーフィールド中佐搭乗の「ヴァイス・ローゼ」など、歴戦のエース・パイロットが駆るグフ・カスタムの化け物じみた戦闘力を目にしたひとは皆こう思うのではないだろうか。

これが真実のグフだ、と。

 その意味では、MS-07Bグフは現実的にはまだ試作段階であり、運用上のフィードバックから完成した機体がグフ・カスタムだったと言えるかもしれない。実際、ラル大尉が搭乗したYMS-07Bは試作機ではあるものの、制式化されたMS-07Bと仕様上の差異はほとんどなかったのである。あるいは、ラル大尉の試作機の運用結果がなまじ上々だったために、開発陣が機体性能を過大評価して、それが少なからずパイロットの技倆に依存していたことが軽視されてしまったのかもしれない。

 結果として兵器としてのグフは短命に終わったが、グフというコンセプト自体は謂わば未完のプロジェクトとして、一部のエース・パイロットのもとで開花した、と言うのが正しい評価なのかもしれない。

 

 では、ここまでは機体性能と兵装の面から論じてきたが、最後に改めてグフというコンセプトがどこから生まれたのか、MS開発史上の画期を再確認しつつ検討し、グフは「ザクとは違ったのか」という問いに対して一応の見解を得たいと思う。

 

 ヒート・ロッドとフィンガー・バルカンの話だけで5,000字を超えてしまったので後編に続きます。