勝つときは汚く 負けるときは美しく

ふと気がつくといつも似たような話をしているので書き留めておきます

【コンテ・インテル回想】断腸の思いを込めて②

 コンテのチームはいつもかなり個性的というか、渋いけど面白いと思ってるんですが、あんまり人気はないですね。

 

 人気がない理由は、わりとパターナルなんですよ。アメフトみたいな考え方で、決め打ちが多い。サッカーって、なにせ脚でやるんでどうしたって不確実性の競技で、だから他の球技に比べて得点が少ないし、パターナリズムに嵌りにくい。そこが面白いところだから、コンテのパターナルなチーム作りはあんまり人気でないですね。私は好きですけど。

 いくつかコンテっぽい特徴挙げてみます。

 

①気持ちは4トップ

 もともとコンテはパドヴァとかユヴェントスの最初の方とかは4-2-4とか言われてましたね。

 4-2-4といっても中盤がずっと2人のはずがないんで、まぁようは4-4-2なんですけど、両サイドを出来るだけ高い位置に早めに進出させるってところがコンテの意図なのかなと。なので4-2-4か4-4-2かというのはコンセプトレベルというか、選手の意識の持たせ方なんだと思います。

 4-4-2の中盤両サイドがポゼッション時に早いタイミングで前線と同じ高さまで上がっちゃうと、組み立てには参加できないから。中盤はスカスカになってボール回して組み立てっていうのは難しい。それでも4-2-4を選択するっていうのは、ようは相手の守備ラインと同じ高さに4人以上並べたいんだと思います。それもファーサイドもアウトサイドレーンに残して、出来るだけ広く位置どる。

 最終ラインに4人入ってこられたら守る方は最低4人の同数、定石でいえは5人残さないといけないですよね。それも両アウトサイドに張ってるんでサイドバックは上がりにくくなってピン留めされる。戻りきれてなかったら中盤の誰かがカバーしなきゃならないんで、今度は中盤が空く。ようは自分の中盤はスカスカになるけど、相手の中盤も空いてくると。中盤を制するというより、中盤自体を無くしちゃうという発想。

 両サイドに選手を攻め残らせて相手のDFをピン留めするのは多分クライフが始めて、グアルディオラもよく使う手ですね(この前のCL決してでもやってました)。ただクライフはそれで中盤、特にバイタルを空けて、そこでポゼッションするためなんですけど、コンテの発想は逆で中盤を省略するためなんですよね。

 

②縦パスとパターンプレイ

 じゃあ中盤省略してどうやってボールを前に運ぶかというと、そこが結構決め打ちのパターンプレイになっていて、ディフェンダー+αからの縦パスを前線の4人に入れて、それを回収するのが中盤の仕事。

 それがアバウトなロングボールにならないように、どこから誰に縦パスを入れて、それを誰が回収してシュートまで持っていくみたいな決まり事がカッチリ決まっている。だから選手もわりと得意なことがハッキリしているスペシャリスト系が多くて、だからコンテのチームにいる選手は似てくる(笑)。

 ユーヴェでも最初の方は4-2-4だったけど、途中から3-5-2になって、その後はイタリア代表でもチェルシーでも基本同じやり方になりましたね。

 3バックに変えたのは、ユーヴェにはボヌッチっていう長い縦パス蹴らせたら多分世界一のセンターバックと、恐らく史上最高のレジスタであるピルロという、ロングパスのスペシャリストが2人いたからだと思います。

 この2人に縦パスを余裕を持って入れさせるためには最後尾でのポゼッションを確立した方がいい、だから3バックの方が安定するっていうことだったと思うんです。

 4バックだと、2センターバック+キーパー+ピルロの4人でボールを回す感じになって、またキーパーがブッフォンであんまりパス回しが上手くないから、ちょっと余裕がない。3センターバック+キーパー+ピルロなら5人でポゼッションできるんで、相手がプレッシングかけてきても、前線に残してるのは大体2人、多くても3人で2人の数的優位があるから、まず余裕でかわせる。

 ユーロのときとか、最終ラインとピルロのユニットはユーヴェと全く同じで、これにジャッケリーニキエッリーニ脇まで降りてきて、前線のペッレの頭めがけてフリック気味の縦パスを送るパターンとかあって、そういう決めうちの多さは、ちょっとビエルサにも似てるかもしれない。

 3バックにして以降のコンテのチームには基本的に縦パスの出せるセンターバックと、それを最前線で収められる屈強なセンターフォワードという組み合わせが必須になりましたね。インテルでいえば、デフライルカク。2トップのもう片方はセンターフォワードが収めた縦パスを回収できるセカンドトップで、俊敏で狭いスペースでボールをコントロールできる、いまでいえばまさにラウタロですね。ルカクラウタロのペアは滅茶苦茶コンテっぽい。アッズーリでのペッレとエデルの上位互換って感じです。すっかり衰えちゃって全然点が取れなくなったアレクシス・サンチェスをコンテが意外に重宝しているのも、ルカクとの組み合わせでいえばベターなんだと思います。

 

③誰かがきつくなるのがコンテ流

 4-2-4のときの前線両サイドアウトサイドの原則が3バックになってどうなるかというと、つまり3-3-4になるわけですね。両ウィングバックに高い位置どりを要求する。チェルシーのときもそうですけど、これをコンスタントにこなせる選手というのが非常に難しい。

 3バックといっても、守るときは3人じゃカバーしきれないからウィングバックが最終ラインまで戻らなきゃならない。つまり3-3-4と5-3-2を行ったり来たりしなきゃいけないわけで、体力的にこれをやり切りながら前線でアタッカーとして振る舞える選手なんて、そうそういないわけです。サイドバックの選手なら体力はあるけど、高い位置に出たときに技術的にもアイデア的にも手詰まりになることが多い。チェルシーのときは本来アタッカーのモーゼスをここで使ってましたね。モーゼスは純粋なアタッカーとしては下手だけど、走力とスピードがあって、サイドバックよりは崩しの局面でも期待できるんで、ウィングバックで嵌まりましたね(インテルではダメだったけど)。

 コンテのチームは特定のポジションの選手への負荷が凄いんですよね。4-2-4のときだったら中盤の2がきつい。縦パスのセカンドボールの回収をしないといけないし、ネガティブトランジションになったらすぐにプレッシングに入って、さらに広大な中盤を2人でカバーしないといけない。走り倒しですよね。ここ3人でもきついと思います。

 3-5-2のときは一番きついのは両ウィングバックでインテルの1年目はここの人材を得るのに苦労しました。前半戦はベテランのカンドレーヴァが意外に頑張ってくれてたんだけど、シーズンフルにやるのは土台無理で、冬にモーゼスをレンタルしたり、困ったときのダンブロージオ頼みで、なんとかやり繰りしたけど、ここに適材を得ないとただの5-3-2になるんで、結局ラウカク頼みのサッカーになっちゃいましたね。

 今季でいえば、左ウィングバックはペリシッチがちょうど前期のカンドレーヴァみたいに気を吐いてくれたけど、ベテランにこのポジションをフルは無理なんで、ダルミアンやヤングとのローテーションでやり繰りしてました。前期との大きな違いは右ウィングバックにハキミを補強して、これがバッチリ嵌ってくれて、シーズン通して固定できたところですね。

 ハキミはまだ若くて走力が抜群。なんといっても滅茶苦茶脚が速い(笑)。前半戦はどちらかというとカウンターで効きまくってましたね。ハキミのいいところは脚が速いだけじゃなくて、カウンターのときにダイアゴナルに走って自分でシュートまで持っていけるところ。ウィングバックの選手で内側のレーンに入ってこれだけ仕事のできる選手は貴重だと思います。サイドバックだとなかなかここまで入っていけないからウィングバックは天職なんじゃないでしょうか。

 ただしコンテは守備に関しては横のレーン移動は好まないみたいですね。縦の運動量はすごく要求するんだけど、例えば相手のレジスタのマークにいくのは一番遠い自分側のレジスタのブロゾビッチだったりして、そこはエリクセンあたりが横にズレていけば走る距離が少なくて済むのにとか思うんですが、縦のレーンの受け持ちをずらしたくないんでしょうね。なので守り方はカバーリングよりもまず自分のレーンでマッチアップする相手をデュエルで掴むというのをすごく意識してるようにみえますね。

 

④今季の肝は3バック

 本来コンテがやりたいのは前線に4人が並ぶことで、インテルでいうとラウカクの外側にウィングバックが入って欲しいんですけど、前半戦はできてなかった。なぜかっていうと組み立ての質が低くてカウンター頼みになってたから。だからハキミのスピードが活きるのはいいんですけど、やりたいのは違うサッカーだったと思うんですよね。

 前期からの懸案だったエリクセンの使い方が徐々に定まってきて、崩しの局面よりもビルドアップのときにブロゾビッチと並ぶ形が嵌ってきたお陰でボールを回せるようになって、ラウカクにボールが入ったときにバレッラが早めに絡みにいくことで、ラウカク一辺倒だった攻めに多少変化がつけられるようになったのがひとつ。

 コンテのサッカーは縦パスとパターンプレイなんだけど、インテルの場合はラウカクの即興的なコンビネーションがパターンプレイよりも良すぎて、かえって攻め手が少なくなっていた。

 典型的なトレクァルティスタのエリクセンを入れたものの、彼には彼の即興的なアイデアがあって、それとラウカクのテンポが全然合わないという問題を前期は抱えていたと思うんですね。今季はエリクセンをブロゾビッチと並べて、ラウカクに絡みにいくのがエリクセンよりはるかにインテンシティの高いバレッラになったことで、そこはある程度形になった。本来コンテの中盤は縦パスの落としを回収するのが一番大きいタスクなんで、バレッラとブロゾビッチはそこをこなしながら崩しや組み立てに絡めるんだけど、そこでいうとエリクセンはやっぱり弱い。ただブロゾビッチの負担は減ったし、前よりボール持てるようになったんでバレッラが崩しに絡みにいく頻度も上がったという間接的な効果はあったのかなと。

 

 中盤やウィングバックよりも、今季最もインテルのストロングポイントになったのは3バックのところだと思うんです。

 前期はゴディンというウルグアイ代表のセンターバックを補強したんだけど、これが最後までうまく嵌まらなかった。コンテのサッカーは中盤を出来るだけなくして2ラインみたいな形に相手を巻き込むんで、ボールを前に送るのはディフェンダーにやって欲しいわけです。ゴディンも下手な選手ではないんだけど、コンテの要求していたのはもっとアグレッシブなプレイで、センターバックがボール持って、相手が寄せて来なかったらドリブルでドンドン持ち上がってスペースを前に作ってから縦パスを入れると、そこは結構リスクとってやれよという仕事を、ゴディンはなかなか飲み込めなかった。

 シュクリニアルも同様になかなか嵌まらなくて、むしろ若いバストーニがそういうプレイをどんどん出すんで台頭した。守備者としてはゴディンやシュクリニアルの方が遥かに経験豊富で堅いんですけど、コンテはバストーニのリスクをとるプレイを評価したんだと思います。その辺のチャレンジに対してコンテはかなり寛容というか、バストーニは結構自分で持ち上がってボール失ったりしてたんですけど、それで外されるようなことはなかったですね。

 ハンダノビッチオールドスクールなキーパーで、本来パス回しとかに入るようなタイプではないんですけど、かなり危なっかしい場面が多くても、本人が果敢に勇気を持って挑戦するんで、コンテもそこは辛抱強く起用し続けたり、この辺りのコンテのブレなさが今季は結果に結びついた感じはありましたね。

 ゴディンみたいな経験豊富なセンターバックからすれば、自分のところでボールロストするっていうのはとんでもない話なんで、どうしてもそこで染み付いたプレイから切り替えられなかったんだと思います。シュクリニアルも前期は苦戦していたけど、今季に入って徐々に慣れてきて、3バックが固定できて、かつ最終ラインからの組み立てが形になったのは前期からの一番の変化だったと思います。

 今季は組み立てだけじゃなくて、例えばウィングバックとインテリオールとセンターバックでトライアングルを組んで、ウィングバックが内側のレーンに入ったときはセンターバックが外に開いて、インテリオールがカバーリングポジションをとるみたいな崩しの形がオートマチックに出るようになって、中盤はセカンドボールの回収とそこからの再展開に集中できるようになった。3バックを含めた全体の攻撃への関与度が上がったことで、ボールを前に運ぶ質が前期よりあがったと思います。こういうディフェンダーのタスクがマルチ化するのを最近のドイツではハーフディフェンダーとか言うらしいですね。チームに対する印象も、ちょっと実験的というか、他の球技の方法論を取り入れたような極端なやり方を採用するところとか、ライプツィヒとかザルツブルクとかのレッドブルグループのチームに近いものを感じます。

 

 総じて、前期からの試行錯誤の結果として、コンテのサッカーで徐々に適材を適所に得るようなってきた。補強が嵌ったところもあるし、メンバーが同じでもうまく適応できるようになったというところもある。ただ全体としては層が薄いというか、バックアップまで含めて適材適所になっているかというと、そこは厳しくて、CLで早期敗退して(ELにすら進めなかった)試合数が減ったことで、層の薄さという問題がそれほど顕在化しなかったということでもあるかなと。そういう意味では、コンテは本質的にはメガクラブよりも若くて無名の選手が多いチーム、たとえばビエルサのリーズみたいなところが合ってるのかもしれません。同じチームであんまり長続きしないところもビエルサに似ているし。

 

 コンテが退団しちゃったのは残念でしかありませんが、諸々ちょっと仕方なかったかなとも思います。なんといっても10年ぶりのスクデットですからね、感謝しかありません。選手からの支持が高いんでチームが空中分解しないか心配ですが、うまくコンテの遺産をインザーギが継承できるといいですね。

 

【コンテ・インテル回想】断腸の思いを込めて①

やっぱり辞めちゃいましたね、コンテ

 1年目の冬くらいにはもう経営陣と揉めてたんで、こりゃ長くは続かないかなと思ってましたが、10年ぶりにスクデットを獲った直後に優勝監督が辞めるっていうのは、やはり断腸の思い以外の何物でもないですよ。10年前にモウリーニョが辞めたときは、3冠でやり切った感あったから感謝しかなかったけど。

 コンテは1年目はまだまだ未完成で、2年目の今季になっていろいろミッシングリンクが嵌ってきて、CLは早期敗退しちゃったけど尻上がりに形になってきて、最後はユーヴェやミランもついて来れなくなって余裕の優勝だったんで、来季CLでみたかった。いやまだ正直CLで上を目指せるレベルではないんで、あと2〜3年やって欲しかったけど、一箇所に留まらないタイプなんで、なんとか次期政権はリセットじゃなくて、少しでもコンテの遺産を継承して欲しいなと。まぁコンテを慕う選手も多いし財政面での事情を考えても、少なからぬ主力が移籍しそうだけど( ;  ; )。

 

いまは堪えるときかな

 優勝直後に選手は20%減俸とか言われたら、そりゃ怒るのはわかります。一方で、言い方、話し方、タイミング、そういう問題でもあったと思うんです。とにかくお金がないんだから、インテルは。

 なんとか資金調達はできたみたいですけど、もともと他のメガクラブに比べたら人気が全然ないですからね。DAZNでも吉田のいるサンプドリアや富安のボローニャの方が放送されますからね。前年2位のチームなのに。

 もともとモラッティさん時代の放漫経営があって、10年間タイトルを獲れない時代があって、高年俸の功労者を抱えてて、オーナーが2度変わって、そこにきてこのコロナ禍ですからね。

 モラッティさんがいまの状況はチャン会長が望んだことではないと擁護してましたが、なんとか資金調達してクラブを存続できたという見方もあると思うんですよ。

 伝統的にインテルはマネジメントもマーケティングも酷くて、今回の減俸の件も、あぁマネジメントが悪いなぁという印象があります。選手の士気は高かったし、コンテも支持されていて、流れとしては来季に向けてモチベーション上がっていたと思うんで、話の仕方次第では、どこかに着地点があったような気がしてなりません。

 スティーブン・チャン会長はまだ若いけど、サネッティ副会長やマロッタCEOとの不協和音もないし、経営者としては頑張ってくれてるという印象あるんですよ。インテリスタが海外資本の経営者に望むのがまず資金だという心情もわかるんですけどね。

 

インテル会長がコンテの電撃退任理由を明かす「私たちの異なる考えが別れの原因」(GOAL) - Yahoo!ニュース

 

 コンテは、まぁいいところでもあるんですけど、とにかく頑固で融通が効かないですね。一方で選手からの支持は高いし、ほんとに見たまんまの堅物の熱血漢なんでしょうけど。ほんとに現役のときのプレイスタイルそのまんま。

 一年目、補強した選手はわりとコンテの意向に沿ってたと思うんですよ。ルカク、バレッラとか今季の主力になったし。一方でゴディンやモーゼスとか、コンテが呼んで外したのも結構あるんで、そういうのがあるのはどうしても仕方ないこととして、経営はそれなりにやることはやってると。

 ただ層が薄いんでCLとの二足の草鞋は無理だった。そこで冬に補強資金が捻出できなかったことでコンテがキレたんだけど、ちょっと無い袖は触れない感はありましたなね。

 今季はハキムは大当たりだったけどコラロフとかビダルはまた外してるんで、コンテは意外に補強は下手かもしれないです。ラウカクやバストーニ、バレッラなんかはコンテが育てた選手と言っていいと思うんで、トレーナーとしては優秀なんだと思いますが。

 まぁともかくコロナ禍ということもあって財政的に支えられなくなったと。せっかく結果が出たんだから、みんなが我慢して状況の好転まで堪えるという選択肢がもう少しスマートにあればもよかったのにとは思いますが、個人的には現経営陣はそんなに悪くないと思ってるんで、なんとか頑張って欲しいです。

 

 長くなったんで、今季のインテルの競技的な面については次回。

 

【CL決勝所感】結局一番いいチームが勝った

チェルシー、勝ちましたね、CL。

 

 プレミアリーグのクラブの中ではわりと好きなんですよ、チェルシー

 イングランドでは珍しくイタリアの影響を強く受けてるチームで、90年代にグーリットとかヴィアッリがプレイングマネージャーをやったり、選手としてもジャンフランコ・ゾラディマッテオらのイタリア代表や、ミランのレジェンドだったデサイーもいましたね。

 我らがラニエリさんも監督してたし、アブラモビッチさんがオーナーになった全盛期の頃の監督はモウリーニョだったりで、イングランドのチームとしてはかなり戦術的に洗練されているイタリアっぽい伝統があるんで好きなんですよ。

 

 ただグアルディオラとクロップの二強時代になって以降、プレミアも戦術面で急激に高度化してるんで、イタリア的な伝統ももうあんまり特徴とは言いがたくなってきてましたが、トゥヘルが今季途中から就任してまた面白いチームになってきたなと。

 

 この試合も、結果としては1-0でチェルシーの逃げ切りといえばそれまでなんですが、まぁ渋い試合で、結構楽しめましたよ。いくつかポイント挙げます。

 

 

①両アウトレーンのマッチアップ

 攻め方の発想はお互い似ていて、シティはウィングのスターリングとマフレズがアウトサイド一杯に張ってチェルシーの5バックのピン留めを試みる。

 センターはデブルイネが偽9番的に入って、彼がバイタルに引けばチェルシーセンターバックが3枚浮いちゃうんで、シティは好きにボール回せると。センターバックがデブルイネを捕まえようと前に出たら、ズレたところにインテリオールのフォデンやベルナルド・シルバが入り込むか、大外のスターリングやマフレズがダイアゴナルに走り込む、そういう攻めのイメージだったんだと思います。

 

 チェルシーの方もハフェルツとマウントがアウトサイドに張る形で、ただ中はヴェルナーでここはシティと考え方が違って徹底した裏狙い。ヴェルナーは今季点取れないで酷評されたりもしてましたけど、この試合では動きはよかったですね。お互いに前線のアウトレーンに選手を張り付けて幅と深さを取ろうとする発想は似ていた。ただ守り方と、使いたいスペースがかなり違いましたね。

 

②最終ラインの構成

 シティの守備はスタート4バックなんだけど、ポゼッションしたら左のジンチェンコ が偽サイドバック的にアンカーのギュンドアンの脇に入って、右のカイル・ウォーカーストーンズ、ルベン・ディアスが3バックを構成する。なので、マッチアップ的には右からウォーカー対マウント、ストーンズ対ヴェルナー、ルベン・ディアス対ハフェルツという3対3の数的均衡になる。まずこの噛み合わせがあんまりよくなかったようにおもいます。

 

 チェルシーの両サイドのハフェルツとマウントは、シティのウィングとは全然違うミッドフィルダータイプで足元にポールが収まる。この2人がアウトサイドに張って3バックの外側を引っ張って距離があるんで、ストーンズの周りがガラガラになってヴェルナーは好き放題走れる感じ。

 ストーンズカバーリングバックタイプで割と重いんですよね。対するヴェルナーは広範囲に走り回るしスピードもあるんで捕まえきれない。ファーストディフェンダーとしてもよくプレッシングするんでストーンズの持ち味であるロングフィードも封じられてましたね。まぁシティはGKのエデルソンが一番ロングパスが上手いんでそこに流せはするんですけど。

 右のカイル・ウォーカーはもともとサイドバックなんでスピードもあって広範囲に走れてパワーもあるんで、マッチアップするのがウィングタイプならもっと効いてたと思いますけど、マウントは典型的な10番タイプなんで、ここもあんまり噛み合ってませんでしたね。左のルベン・ディアスは万能タイプなんですけど、これも結局ハフェルツに引っ張られて外に張り出すことが多かったんで良さが出てなかったように思います。

 アンカーがフェルナンジーニョだったらストーンズの周りのスペースをもうちょっとケアしてくれたかもだけど、ここにギュンドアンが入ってたんで、ヴェルナーはガンガン走れる感じでした。ジンチェンコ はフォデンがある程度自由に動いてできたスペースを埋める役割だったのかなと。

 シティはファーストディフェンダーを超えられたらジンチェンコ が左サイドバックに落ちて4バックに戻すんだけど、そもそもチェルシーの攻めがほぼ速攻オンリーなんで、結局シティの最終ラインはほとんど3対3の局面が多かったですね。

 

 チェルシーの3バックは、右がアスピリクエタでここはカイル・ウォーカーと同じようなサイドバック系のストッパー、左はフィジカルモンスター系のリュディガー、真ん中がベテランのチアゴ・シウバカバーリングバック(前半でクリステンセンと負傷交代)という構成で、人的にはシティと似たような感じでしたが、そもそもシティの前線が真ん中を空けているんで、がっつりマッチアップするということがなく、それぞれが入ってきた選手を捕まえるという感じでしたね。

 

③アウトレーンのデュエル

 チェルシーの守備は完全に5バックで、シティの両ウィングに対して右ウイングバックのリース・ジェイムス、左のベン・チルウェルが1対1できっちりマッチアップする。ここの守り方がまずシティと全然違ってましたね。

 序盤は左のスターリングが何度かダイアゴナルにチェルシーの右ハーフスペースに走り込んで、そこにエデルソンからピンポイントのロングパスを飛ばしていいシーンを作ってましたけど、カンテがここのカバーリングをするようになってから消されましたね。

 シティの左ウィングのマフレズはチルウェルに消されてほとんど何も出来ず。ここはベルナルド・シルバでもよかったと思うんですけど、シルバがひとつ内側のインサイドレーンに入っていて、彼もどうしたってくらい存在感なかったですね。

 左に張り出すなら縦に強いマフレズの方がベターって判断だったのかもしれないですけど、この2人は使いたいスペースが同じサイドのハーフレーンで、この試合に関しては完全に打ち消しあってる感じになっちゃいましたね。ジェズスが入ってからはジェズスが右に流れてマフレズが内に入ったり少し形つくったけど、クリステンセンやリュディガーがカバーリングして崩れませんでした。

 

④ハーフレーンの消し込み

 シティが使いたいのはチェルシーの3バック手前のハーフレーン辺りのスペースだったと思うんですけど、デブルイネの偽9番でチェルシーの3バックが浮くはずが、早めの時間帯で負傷交代しちゃったのは不運でしたね。ただこの試合のチェルシーの3バックの出来をみるに、ハーフレーンはリュディガーやアスピリクエタが前に出て、さらにカンテも駆けずり回ってカバーリングして、最終ラインのスペースはクリステンセンが消してたので、デブルイネの負傷がなくてもなかなか崩せなかったんじゃないかな。

 

 シティではフォデンがかなり大きく動いてなんとかしようとしてたけど、チェルシーの(特にカンテの)チャレンジ&カバーがしっかりしていて、マークを剥がしてニアスペースを使うことができてませんでしたね。本来ここを使わせたら世界一のデブルイネに偽9番をやらせてた(すぐ怪我しちゃったし)のと、両ウィングがデュエルでことごとく劣勢だったのと、ギャンドアンがいつもより一個下のポジションだったのと、そういう幾つかの要因が重なって、シティは用意してた形にならなかった。

 後出しジャンケンの結果論だけど、マフレズかシルバのどちらかを外して(この試合の出来を見る限りシルバかなぁ)、アンカーにフェルナンジーニョを入れて、もしかしたらギュンドアンが偽9番でデブルイネがインテリオールでもよかったかも。わかりませんけどね。

 

④カンテで2〜3人分の仕事

 両ウィングバックはスターリングとマフレズに完勝だったし、ハーフスペースもカンテとリュディガーで制圧できてましたね。リュディガーはフィジカルモンスター系のセンターバックで、ありがちな話としてちょいちょいやらかすタイプだったんですが、この試合では最後まで物凄く集中してましたね。あとはカンテ。もともとバイタルでのカバーリングやらせたら世界一なんですけど、それに加えてポジティブトランジションのときには前線に飛び出す仕事もしていましたからね、もう完全に2〜3人分の仕事をしていました。

 もともとシティはネガティブトランジション時には最終ラインが3対3の数的均衡状態ですからね。ボール奪った勢いそのままに4人目のカンテに走られると、なかなか厳しいわけですよ。チェルシーのアウトサイドはマウントとハフェルツというボールもてるパサータイプだし。ジンチェンコ とギュンドアンだとなかなか捕まえきれないんで、そのまま最終ラインまで持っていかれる場面が多かった。カンテはほんとに効いてましたね。

 

⑤結局デュエルの差

 チェルシーの得点シーンでは、カウンターで左アウトサイドのマウントの足元にポールが入ったときに、ヴェルナーが中央から左斜め前(マウントの縦方向)にランニングしてストーンズを引っ張る。これでストーンズとルベン・ディアスとの間に距離が出来て、そこにハフェルツがダイアゴナルに走ったところにマウントから長めのスルーパス

 マウントにはカイル・ウォーカー、ハフェルツにはルベン・ディアスがそれぞれマークしていたけれど、両ウィングとも逆足ですからね。マウントのパスもハフェルツのコントロールも内向きに利き足で出来たんで、マークを剥がし切ってるわけではないんだけど、1対1に競り勝ってシュートまで持ち込めた。

 ハフェルツはバラックエジルを足して二で割った選手と聞いていたけど、確かにそういう感じありますね。左利きでテクニックがあって上背もある。ユーロで活躍すれば一気にスターになるかもしれませんね。

 

 シティの最終ラインの数的均衡はもうとるべきと判断したリスクだったとおもうんで(言うても一点しか取られてませんでしたからね)、デブルイネの負傷というアクシデントはあったものの、結局のところ局地戦でのデュエルでチェルシーが上回った結果なんだと思います。

 若い選手が多いチェルシーのコンディションとモチベーションがシティを上回ったとも言えるし、そもそもグアルディオラのチームには良くも悪くもそういう泥臭さが足りないですよね。後半マウントが足つらせていたような、そういうところがこのシティに限らず、グアルディオラのチームには少ない。その辺りがグアルディオラバルセロナ以外でなかなかCLをとれないところかもしれませんが、まぁそれがクライフイズムだから、それはそれでいいのかもしれません。クライフが足つらせながら必死で走り回ってるところとか想像できませんからね。それも美学ということでしょう。

 

 チェルシーはほんとに選手も監督も持っているもの全て出し切った上での勝利。シティは、こういう戦術や技術だけでは勝てないギリギリのガチンコ勝負を制するには、やっぱりちょっとだけ足りないんだなぁという、そういう印象でした。

 

人類観のコペルニクス的転回(2回目)とピリオダイゼーション一般理論

 あんまり、というかほぼ全く自分の仕事について書いたことがなかったですが、この3月末を以って6年のお務めが終わったんで、我ながら節目だなぁと感じるところもあり、つらつらと思うところを書き留めておこうかと思い立ちました。日記ってそういうものなんでしょう、多分。

 

 別にいま勤めている会社を辞めるわけではなくてですね、所属部門が変わるっていう、ただそれだけと言えばそれだけの話です。

 2015年4月に8人ほどのチームを預かることになり、それから半年毎くらいに兼務が増えていって5チームくらいになって、結局2年前から部門全体、多いときで150人くらいを預かることになり、めでたくこの3月末でそのお務めが終わって、なんだかんだで6年間所属したいまのチームを離れるということなんですが、あれですね、仕事でもなきゃこんなに多勢の人間に関心をもつ機会は一生なかったでしょうね。

 

 それまで中間管理職なんかやったことなかったんで「え、おれ?」って感じで、当時の上司に「これ断れないんですか?」と聞いたら「断れません」と返ってきたんで、「おぉこれがサラリーマンってやつかぁ」と思って、ちょっと面白くなっちゃって、謹んで拝命することとなりました。

 自分なりに大体こんな感じでやろうというイメージはあったものの、当時も今も「わかる奴は説明しないでもわかるし、わからん奴は説明してもわからん」と思ってるんで、もういいやと思って「とにかく言われた通りやれ。それで駄目ならおれが阿呆だったというだけなんだから、ツイてなかったと思え」という感じで始めてみました。

 で、それまで「結局自分でやるのが一番簡単」と思って生きてきたのが、ひとにやらせるのが仕事になって、やっぱりやりながら気づいていったことというのがあるわけです。

 「わかる奴は説明しないでもわかるし、わからん奴は説明してもわからん」というのは少し足りていなくて、どちらかというと「わかる奴は少しやらせると結構わかる、わからん奴は何してもわからん」なのかなと。

 

 最初に考えたチームのコンセプトに「仕事の報酬は仕事」というのがあって、ようは一つの仕事が終わるたびにまた次の仕事の売り込みをして…みたいなことを延々と続けるの嫌だなと。そこにかける労力自体は仕事を取るというところに溶けていってしまうし、そこで余裕を失うと何かをアップデートすること自体が出来なくなる。

 一つの仕事をしたら「それができるならこれもやってくれ」という形で、どんどん仕事が連鎖していくようにしたいなと考えていて、そのために大事なことは予測だなと。マーケットがどうなっていってクライアントはこうだから、次に必要となるのはカクカクシカジカだという予測に基づいてチームデザインをする。局面が変化したときに既に準備ができているというところを目指したいなと。もちろん個としての能力がないと準備ができないんで、そこは個々人の資質や努力に依存しちゃうんですけど、予測があるとリソース自体の無駄が減るんで個の能力に還元されるところはあるなと思います。空振りが減るというか。いずれにしても予測と準備というのは、もともと自分がプランナーだから、自然な発想だったということもあります。

 

 いまチームデザインと言ったけど、これはやりながら整理されていったことで、当初は予測に対するアウトプットが何かというのはあんまり整理されていなかったように思います。

 予測と準備ということはかなりはっきり意識していたけれど、それが結局チームデザインだなっていうところに着地したのは、ここ2〜3年くらいですかね。

 予測というのはどうやったって揺らぎが含まれるのでサービスやプロダクトみたいな考え方をしちゃうと、その揺らぎに対する冗長性みたいなものに限界があるんですよね。それに対してチームデザインということだと、それはもともと揺らぎを含んだ人間の集団なんで、割となんとかなる。そういうファインディングの積み上げですね。

 

 でも、こういうことを最初にバーッと説明して全部理解して自分で考えて行動しなさいとか、ほとんど無理ゲーだと思うんですよ。自分でもやりながら考えている部分もあるわけで。

 でも以前の自分というのは相手にバーッと説明して、なんだできねえなとなって「なんで理解できねえんだよ頭悪ぃな」という感じで、もう相手するのがめんどうくさくなるっていうのを繰り返していたように思います。

 

 なのでもう説明すること自体、理解させること自体をやめようと思ってやってみたら、やらせてみて予測通りのことが起きると「なんでや?」と考え始める奴が出てくる、そいつに局地的な説明をすると、わりと理解して全体像についてもイメージを徐々につかむようになるということに気づいたんですね。

 そこらあたりから、誰にいつどんな体験をさせるかということに凄く神経を使うようになりましたね。あるタスクをやらせてみて「どや?」って話してみて、まだピンときてねぇなと感じたら「じゃあ次これやってみて」、あぁいい感じになってきたと思ったら「じゃあ今度はこれ」みたいな感じで調整していく。

 基本的な予測というのは自分の頭の中にあって、それ自体を全部話すことはほとんどないんだけれども、何かをやらせてみてそこでそいつが何を感じたかで体験設計の調整をする。わりとそういうことで、どういうことがやりたいかみたいなことは浸透していくという感触があったし、そこからのF/Bから自分自身の予測ま修正していく。結局、身体で覚えるということなんでしょうね。

 本人の体験に基づいた裏付けがないとインプット過剰になってマニュアル野郎になったり、やたら教条的というか誰かが言ってたことを連呼するコピペ野郎になっちゃうんだと思うんですよ。不幸ですね。いや幸せは人それぞれですけども。

 

 どうやって全体を部分に分割して、それを体験として配分するかみたいなコンセプトは、サッカーのゲームモデルとピリオダイゼーション理論を一般化できないかなというところから着想したんですけど、面白そうだからもう少し標準化すべきなんだろうなと思いつつ根気が足りません。

 

 そんなこんなで、10年前の自分は「人類の80%は手遅れで何をしてもどうにもならない」と思ってましたが、いまは「人類の80%くらいはやりよう次第ではどうにかなる」と考えるようになりました。もの凄いパラダイムシフトだと思いませんか。

 人間って、当然もって生まれついた資質っていうものがあって、それはもう選べないという意味では運なんでしょうけど、でもそれはほとんどの場合は五十歩百歩の違いしかなくて、ほんとの天才ってそうそういないと思うんですよ。環境要因もガチャっちゃガチャなんですが、少なくとも決定論的になり過ぎる必要はなくて、ある一定以上の可能性は常にある(80%くらいは)というふうに考えた方が組織論的には収穫が多いなと、そういうふうに考えるようになりました。

 言い方変えると80%が一定の水準のパフォーマンスを出すことが大事で、最大多数の最大幸福が大正義というか、でも意外にこれも受け入れられないんですよね。20%のことばかり言い立てて、結局そいつらのせいにしたりしてね。80%がパフォーマンスすれば残り20%の居場所も作れると思うんですけど。

 

 数年かけて進行したんであんまり劇的な瞬間はないんですけど、人類への見方がコペルニクス的転回をする経験したのは、20年くらい前にマサイの選手と2週間くらい過ごして「人類ってこんな垂直に飛べんだ」と度肝を抜かれたとき以来でしたね。

 振り返ってみれば、大体は面白い6年間でした。お付き合い頂いた皆さん、ありがとうございました。

昭和のアニメを彩る記憶すべき男達シリーズ

 約1ヶ月前の2月8日に声優の森山周一郎さんが86歳で亡くなったそうです。私は子供の時分にキャプテン・ハーロックが大好きでですね、当時広告代理店でタカラの仕事をしていた父に頼んでセル画を貰ってきてもらったりしていて、特に『我が青春のアルカディアとかさよなら銀河鉄道999なんかのハーロックはほんとにかっこいいんですが、森山周一郎さんもこの両作品に出演していた渋い声優さんです。

 松本零士作品に批判的なひとは、御都合主義だとか全く辻褄があってないとか、とくにキャプテン・ハーロック銀河鉄道999は作品としてクロスオーバーしてる割に齟齬だらけで整合性が至る所て破綻していて、レビューとかみるとひとによっては酷評してたりもするんですが、いいんですよそんなの。松本零士宇宙は男の中の男のかっこいいシーンの並行世界みたいなものだから。

 

 森山さんが『我が青春のアルカディア』と『さよなら銀河鉄道999』で演じたのも、そんな松本零士宇宙の中でも一際輝き続けるであろう真の男の役どころでしたね。

 若い人には馴染みが全くない世界なんでしょうが(そして若い人がこれを読んでるとも思ってませんが)、そんな松本零士宇宙の男たちを後世に語り継ぐのも昭和に生まれた男の使命だと思うんで、出来るだけネットの海を浚って森山周一郎さんの往時を偲んでみました。

 

さよなら銀河鉄道999』で機械化人に追われながら999で旅立とうとする鉄郎を身を挺して守り抜いた老パルチザン

さよなら銀河鉄道999 感動シーン - YouTube

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 こんな号泣必至のシーンをいきなり冒頭にもってくるというのが監督りんたろうのアイデアなのかどうか、昭和のアニメ制作者のとち狂ってるところというか、なんかコンテクストとか流れとか伏線とかじゃなくて「こういうシーンみんな観たいだろ」というドヤ顔で、とにかくかっこいいと思うシーンを出来るだけ頭から詰め込もうとする熱量が素晴らしい。

 崩壊していく線路を疾走する999の映像と背後に流れるBGMも最高、それを見送り生き絶える親爺の最期の台詞に森山さんの当てる声が渋くて最高、腹とか胸を撃たれてるのに何故か額から流れる赤い血、静かに落ちるパイプのカットも最高。この親爺、名前もないしこのオープニングしか出てこないのに全く出し惜しみなしで、男らしさ以外の要素が皆無。

 

『我が青春のアルカディア』でトカーガ族最後の女性が死んでしまい絶滅が決定的になってしまったあと、自分たち種族のためにイルミダスと戦ってくれたハーロックを救うために宇宙のスタンレーの魔女の燃え盛る炎に身を投げた老トカーガ兵

https://youtu.be/jiv8OJBNscE

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 結構探したんですが、この老トカーガ兵のシーンの動画は残念ながら見つけられませんでした。そもそもトカーガ族だの宇宙のスタンレーの魔女だの言われても、全く状況が分からないと思いますが、これは是非本編を観て確かめていただきたい。

 この老トカーガ兵も見せ場はほぼこれだけなんですが、トカーガ族はイルミダスの被征服民でこき使われて、ハーロックとも戦わされたりした挙句、結局絶滅させられちゃうという哀しい種族なんだけれども、とても誇り高い人たちでもあり、最後に数人残った命をハーロックを救うために使うんですね。同胞たちにハーロックを救うために死のうと呼びかけたのがこの老トカーガ兵で、この作品の中でも一番重たいシーンです。

 トカーガ族のリーダーは誇り高き戦士ゾルといって、彼も同族を守るためにイルミダスにこき使われた挙句、結局非業の死を遂げるんですが、死んだ種族最後の女性というのは実はゾルの妹で、こののちハーロックアルカディア号に乗せて連れていくことになるトリさんは実はこの妹が飼っていた鳥なんです。トリさんが妹と惑星トカーガでゾルを待ちながらゾルニイチャン、トカーガヘカエレ、トカーガヲタスケテ」と鳴くシーンはほんとに切ない。因みにゾルの声は池田秀一でしたね。

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 このトカーガ族というのはハーロック作品では結構重要で、TV版『宇宙海賊キャプテン・ハーロックにも登場しています。このときはイルミダスではなくマゾーンに征服された種族という設定でしたが、ゾルの見た目が考えられないくらい違います。

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 見た目はこんなですが、やはりマゾーンに同族を人質にとられてハーロックと戦う羽目になり、敗れたあとに戦士の誇りを取り戻して、息子への遺言をハーロックに託して自爆してしまう切ない話でしたね。

 

 松本零士宇宙は単話読切の物理法則でできているというか、劇場版でもそれぞれはあんまり整合性や連続性のない、ベタだけどもメッセージのはっきりしたエピソードがずらっと並ぶ、ジャンプ的なものとはまた違った世界でとても好きなんですが、すでに平成くらいにはもう下火になってしまっているので、なんとか細々とでも令和に受け継がれていったらいいですね。

螺旋的に

10年前の今日のことを、思い出せることももう記憶が薄れてることもあるんですが、14時46分には私は渋谷にいて、仕事で奥さんみたいな人たちを集めてFGIをやってたんですね。

 

確かインタビューがもう終わるかなくらいのときにグラっときて、すぐにこれはふつうの地震じゃないなと。とりあえず揺れが収まったかと思って外に出てみると、代々木公園やNHKのあたりでもうみんな外に出てきて、車とかも止まってなにかキョロキョロしている。みんなこれはとにかく異常なことが起きたなと、そういう感覚はもう報道をみるまでもなくあったんじゃないかな。放電現象なのかなんなのか、皮膚がピリピリする感じがあったし空の色もまだ夕方でもないのに紫みたいな変な色だったような気がするし。

 

交通機関が麻痺するかもしれないなと思って、集まってもらっていた奥さんたちにすぐ帰宅してもらって(とはいえやはり電車等動かなかったので、あとで安否確認の連絡をしたら皆さん歩いて帰ったりで大変だったのに変わりはなかったんだけども)、自分もすぐには帰れないなと思ったんで、知り合いの事務所に待機させてもらって、そこでTVの報道を観てどんどん津波が押し寄せて三陸海岸が飲み込まれていく光景というのを目の当たりにしてと、この辺はほぼ当時みんな共通の体験なんじゃないかなと思います。

 

TVの光景を見て、すぐに仙台に住んでいる知人が心配になって連絡をして、そうしたら1回目は繋がって、車でSCに買い物に行った帰りで地震が来て、いま道路が地割れで使えなくなっていて路肩に止めたところだけど、めちゃくちゃ怖いと。とにかくいま無事なんだなと思っていたら、もうそのあと繋がらなくなって、TVでは車や建物や道路がオンタイムで波に押し流されてるのが映っているわけですよね。自分はあんまり慌てない性格なんですが、ぶっちゃけその知人というのがその1年くらい前に付き合いのあった元カノということもあって、さすがに血の気が引いた思いがしたんですね。たった今メールを返信してきていた自分のよく知っている人間がもういま波に飲み込まれているかもしれないという、そういうあり得ないような想像が全然笑えない状況で。

 

それから何週間か、もしかしたら1ヶ月くらいあとだったかもしれませんが、その相手と連絡がついて、あのあと基地局が流されて携帯が繋がらなくなったこと、実家に避難してとりあえず身柄は無事なこと、電気がないんで携帯の充電もできないんで連絡出来なかったこと、いままだ大混乱で物資もないから素人がボランティアとか来ても迷惑だとか、そんなような話をすることができました。

 

だから、多分日本社会全体にその後与えた影響という意味では311って、多くのひとにとってそのあとすぐに起きた原発事故なのかもしれないですけども、いま思い起こすと私個人の最も強い記憶って津波なんですよね。

もちろん自分は東京にいたんですが、電話の向こうで「あ、アイツいま死んだのかもしれない」っていうのが、ずっと残っている。TVで映っている土砂だか濁流みたいなものの下にもういるのかもしれないって思った記憶ですね。

幸いなことにその知人は無事だったわけですけども、車で買い物に行っていたSCはすぐに飲み込まれたそうなんで、ほんの数分の差で生き残ったということだったそうです。そういう話が無数にあるんでしょね。

 

飛躍するんですが。そういうことがあって自分がそのとき思ったのが、おれもうちょっとちゃんと生きないと悪いな、なんか申し訳ないなと。なにが悪くて誰に申し訳ないのかもいまでもはっきりはしないんですが、その当時の自分は半ば世捨て人みたいなもんで、社会の片隅でまあ自分一人で生きていく分にはなんとかなるやみたいな感じで、それで別にいいやと。

でも結局生きている以上なんらかの形で社会の一部であって、どうしたってそういう共同性のようなものの外部にいるわけではないんですよね、そういうふうに思うのは自分勝手な錯覚であって。地震のあとに続いた原発事故も含めて、当時自分が感じたことはそういうことで、飛躍するようですが、もうちょっとちゃんと社会参加しようと、正直社会を変えるんだみたいなところに振り切れるまで自分に自惚れられないんですが、もう少しちゃんと働いて憲法に定められた義務くらいはせめて人並みに果たそうと、そう考えるようになって、いま勤めている会社に就職してからの8年半、あるいは結婚してから離婚するまでの7年間がすっぽりと含まれた、そういう10年間でした。

 

内面的には正直どれだけマシな人間になったか、多分あんまり変わってないんだと思いますが、外形的にというか社会関係としては当時に比べれば多少ちゃんとしてるのかな、一応勤労してるし納税してるし。去年コロナ禍みたいなことがあって、なんだかやっぱり考えさせられる時間というのがまた来て、ぐるうっと回ってきたけど完全に同じところに戻ってきたわけでもなくて、螺旋的に旋回している、そんなような時間の流れだなと感じます。

 

次にもう一周したら還暦に手が届くわけで、あと何回回るのかもわかりませんが、そうですね、10年経ってもやっぱり社会ってそんなによくはならないんだなと(笑)。できるだけちゃんとして生きていきたいなと、10年前とあまり変わらないことを考えました。

2020年行く年来る年

 2020年、まぁ本当にいろんなことがありました。社会的にも個人的にも、言えること言えないことありますが。

 

 言わずと知れたコロナ禍については、別に感染症についてなにか知っているわけでもなし、確かなことは未だによく分からないし、いろんな人がいろんなことを言っているので、私が語れることは余りないんですが、そうですね、多分歴史に与える影響としては30年前の冷戦崩壊以来の出来事だと思います。天安門事件から始まって、ソ連が突然なくなってベルリンの壁が崩れて、チャウシェスクが処刑されてあっという間に東欧革命が始まって、鉄のカーテンの向こう側、共産圏が消え失せた。そういう世界史的な事件を昭和天皇崩御して変な自粛気分の日本から眺めていて、当時私は15歳くらいの多感で(笑)早熟な少年だったし、平々凡々とした日常というのは人間に知覚しうるタイムスケールに制約された共同幻想なのだなと。人間が知覚できる時間感覚って精々30年くらいですからね、そういうのは生物としての寿命でタイムスケールが決まるんだと思うんで、まぁでもそういうのを超える変動というのはあるわけで、今回のコロナ禍はそういうスケールでの影響を与えるんだろうなと思います。

 既に個々人の日常のレベルでの平凡さというのを破壊してしまっているからね、我々の生活が平凡という共同幻想に乗っかっていただけというのを暴露することによって。ずっと続くと信じていたもの、変えられないと感じていたもの、そういうものに大した根拠はなかった、ただ昨日までそうだったから今日も明日もそうだと思っていただけだったと。911も311もそうだったように個人の意識のレベルではこれもすぐに過去になっていくんでしょうけど、WWⅡが高度資本主義社会を、冷戦崩壊がグローバリゼーションを生んだように、コロナ禍もポスト・グローバリゼーションのような、なにか新しいプロトコルを生んでいくんでしょうね。それがどんなものかわかりませんが。

 そういえばいま『Death Stranding』という、買ってからずっと放置してたゲームをしてるんですね。『Metal Gear Solid』の小島秀夫の作品で、超自然的な災害で人類社会が崩壊して、通信や物流も止まって人々は都市や個人で孤立しながら生活をしている、そういう引きこもりになった人々のあいだを配達人のサム・ブリッジスが荷物を届けたり通信網を復旧したりしながら繋いでいく、まぁこう書くとなにが面白いのかよくわからないかもしれませんが(笑)、自分自身の生活がいまリモートワークで食事はUber Eats、買い物はほとんどAmazonという状況なんで、まさかコロナ禍を予測していたわけでもないでしょうが、恐ろしいほど預言的な内容になっています。MGSで冷戦時代を主題としていた小島がポスト・グローバリゼーションのような世界をイメージして作ったら、現実があっという間に追いつきつつあるという感じがします。20年代は分断と再構築の時代になるのかもしれませんね。

 

 

【PS4】DEATH STRANDING

【PS4】DEATH STRANDING

  • 発売日: 2019/11/08
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 個人的には2020年の前半はとにかく危機対応に追われた半年でした。ちょっと内容は言えないんですが、昨年末から1月一杯くらいまでトラブル対応に追われていて、それが終わったと思ったらコロナ禍が始まって、最初は私も中国で肺炎が流行って大変らしい程度の認識しかなかったのですが、あれよあれよという間に緊急事態宣言になりそうだということで全社リモートワークに移行するというオペレーショーンが始まって、名ばかり執行役員とはいえ自分の指揮下だけで140人、その家族を含めたら多分200人以上の人間の生活があるわけじゃないですか。前例のないことでも日々判断をしていかなきゃならないんで、まぁあんまりそういうのが苦にならない性格ではあるんですが、さすがにこれは大変なことだなと思いました。あっという間に時が過ぎたようにも感じるし、もう4月が遠い過去のようにも感じます。

 

 私生活では9月末に離婚をしました。元妻とは出会って10年、結婚して7年でした。よくこんな男とこれまで連れ添ってくれたと元妻には感謝しかありません。そういうわけで10年ぶりに一人暮らしをすることになり、年の後半は文字通り生活の再構築をして過ごすことになりました。ほぼ引きこもりの生活なんでそれに合わせて部屋をいろいろ模様替えしたり、仕事をする書斎を作ったり、2年くらい通っていたマッサージ師が独立した直後にコロナ禍になってしばらく音信不通になっていたんですが連絡が取れて、12月からまた通うようになりました。来店型の仕事はほんとにいま大変だなと思います。

 

 3月、まさにコロナ禍が明らかになってきたタイミングで20歳のとき以来、実に26年ぶりにライブをしました。当初は観客を入れる予定だったんですが、さすがに密だよねということになってギリギリで無観客ということにして、本当はストリーミングしようと思ったんですが、ライブハウスが地下で電波が来ず、終わってすぐに編集して公開ということにしました。世界最速の編集だったんじゃないかと思います。

 

万願寺卍Burning @新宿Live Freak 7th March 2020 【Director’s cut】 - YouTube

 

 ライブが終わった後にバンドメンバーで今後の方向性を話し合いまして(笑)、それまでただのコピバンだったんですが(笑)、ZEONIC Hard Coreというコンセプトで曲を作ろうと。私がジオン魂をテーマに歌詞を書いて、Georgeがそれに曲をつけて、Kazooがエアドラムを叩いて、それを映像化するというプロダクションをほぼフルリモートでやっています。平均年齢も50歳の大台に乗りました。

 

Zeonic Hard Core - YouTube

 

 自宅にいる時間が長いので昔観た映画を見返したり、炬燵に潜ってNHKオンデマンドで昔の大河ドラマを見たりしてますね。まさにニューノーマル。例年通り、今年観た映画で印象に残ったものを挙げていきます。

 

コブラ

映画といいつついきなりドラマですが、アラフィフにとってこれほど胸熱なドラマもない。歯車が狂って負け続けた元悪役が懸命にやり直そうとするがうまくいかない姿が心を揺さぶる。

『コブラ会』予告編:『ベスト・キッド』の物語は続く - Netflix - YouTube

 

14の夜

『百円の恋』の監督。主演の子が巧い。個人的には(余り上昇志向がないのも相まって)こういう閉塞感みたいなものを感じたことはないんで、ある種の青春への羨望みたいなものがある。

映画 『14の夜』 (14 That Night) 予告編 - YouTube

ニワトリ★スター

これも意外によかった。後半、戻るところがある井浦新と、それがない成田凌の対照がいい。

井浦新、成田凌ら出演!映画『ニワトリ★スター』予告編 - YouTube

井浦新でもう一作。これは戻るところがない男たちの話。

瑛太が狂気の笑み/映画『光』本編映像 - YouTube

パラサイト 半地下の家族

ソン・ガンホが大好きなんで。これは確か劇場で観た。いま韓国のエンターテインメントはどれみても面白い。韓国は日本の良いところも悪いところも極大化されているような社会だよね。

第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編 - YouTube

暗数殺人

キム・ユンソクが大好きなんで。チェ・ジフンのサイコパスっぷりもいい。芝居が巧ければそれだけでも観れる。

映画『暗数殺人』予告編 - YouTube

 

 

日本沈没2020

DEVILMAN crybaby』の湯浅雅明監督作品で、前作同様賛否両論あるようだけど、私は好きです。『日本沈没』も見返しちゃった。

『日本沈没2020』予告編 - Netflix - YouTube

日本沈没

石田あゆみが美しい。

日本沈没(1973)予告編 - YouTube

 

来る

オカルトやホラーというより『帝都物語』のようなサイキックウォーものとして面白い。

映画『来る』【ロングトレーラー】 - YouTube

雨にゆれる女

青木崇高が気に入ったんでもう1作。大してなにが起こるわけでもないんだけど、音楽と映像がいい。

『雨にゆれる女』予告 - YouTube

 

ゆれる人魚

ポーランド産のホラーというよりダークファンタジー。人魚の2人が美しく、ちょっとt.A.T.uっぽくもあり、旧東欧っぽいデカダンアイロニーがある。

「ゆれる人魚」予告編 - YouTube

コールドスキン

予告編からいい意味で期待を裏切られた。ホラーやパニックムービーではない。異種交流ものとでもいうのかな。

映画『コールド・スキン』予告編 - YouTube

ババドック 暗闇の魔物

脚本と映像がよくできてる。単なるオカルトというより、子供が自閉症というか発達障害っぽくて、ひとり親で育児に苦しむ母親の心理劇とも観れる。

DVD『ババドック 暗闇の魔物』予告編 - YouTube

MAMA

これも母性がテーマのホラーかな。

映画『MAMA』予告編 - YouTube

 

REVENGEリベンジ

コラリー・ファルジャっていうフランスの女性監督でマチルダ・ルッツっていう子が主演なんだけど、クソみたい男たちにそれ痛くて死ぬでしょっていう酷い目に遭わされて、でも死ななくて滅茶苦茶にやり返して世界中の女性批評家から称賛の嵐だったらしい。

REVENGEリベンジ - YouTube

初恋

期待通りの三池崇史ベッキーがいい。

窪田正孝主演&三池崇史監督『初恋』ぶっ飛びの新予告 - YouTube

アイアン・スカイ 第三帝国の逆襲

デンマーク産馬鹿映画の2作目。個人的には前作の方が好きだが続編を作った心意気を買う。

ソウトウぶっ飛んだ侵略者たちに対抗できるのか!?映画『アイアン・スカイ/第三帝国の逆襲』予告編 - YouTube


Sweet Home

これも韓国産のネトフリドラマだけど、園子温のヴァンパイア・ホテルとデビルマンを足したような感じで、怪物に包囲された団地の住人一人ひとりの描き方が巧い。

Sweet Home | Official Trailer | Netflix - YouTube

 

魔法少女特殊戦あすか魔法少女特殊戦あすか

巨乳メイドものだが深見真が原作なんで面白いかなと思って。ナウシカセーラームーンエヴァンゲリオンまどか☆マギカと続く戦闘美少女の系譜。日本人はなぜかくも少女をこうまで戦わせるのが好きなのか。

『魔法少女特殊戦あすか』第1弾PV - YouTube

 

HOMIE KEI〜チカーノになった日本人〜

このひとのYouTubeや著作を結構観たんだけど、ほぼひと回り上で中野区出身、自分よりちょっと前の先輩の話を聞くような感じがする。

ドキュメンタリー映画『HOMIE KEI〜チカーノになった日本人〜』予告編 - YouTube

 

 

今年読んだ本で印象に残ったものも挙げていきます。

 

ドキュメンタリーとして面白い。

アメリカ極悪刑務所を生き抜いた日本人 改訂版 ([テキスト])

アメリカ極悪刑務所を生き抜いた日本人 改訂版 ([テキスト])

  • 作者:KEI
  • 発売日: 2019/12/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
チカーノKEI 歌舞伎町バブル編

チカーノKEI 歌舞伎町バブル編

  • 作者:KEI
  • 発売日: 2019/05/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書)
 

 

日本が非常な自責社会に傾斜というか回帰していくなかで、その起源ともいうべき武士という社会集団の研究が近年凄く進んでいて、これは社会分析的にもっと注目されるべきと思う。

喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)

喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)

  • 作者:清水 克行
  • 発売日: 2006/02/11
  • メディア: 単行本
 
兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

 
百姓から見た戦国大名 (ちくま新書)

百姓から見た戦国大名 (ちくま新書)

  • 作者:黒田 基樹
  • 発売日: 2006/09/01
  • メディア: 新書
 
武田氏滅亡 (角川選書)

武田氏滅亡 (角川選書)

 
執権 北条氏と鎌倉幕府 (講談社学術文庫)

執権 北条氏と鎌倉幕府 (講談社学術文庫)

 

 

1946年の著作ということだが、これは名著。ロマノフ王朝から連続したものとして、ソ連ではなくロシア史としてロシア革命を分析するという、戦後左翼も右翼ももたなかった視点で描かれている。

ロシア革命史 社会思想史的研究 (角川ソフィア文庫)
 

 

 最後に、年の瀬になってマラドーナの訃報がありましたね。マラドーナと言ってピンと来るのは40代以上なのかな。改めて振り返ってみると、彼はサッカー選手というより、20世紀最大のアンダークラスヒーローだったと思うんですよ。彼自身それに凄く自覚的だったし、いわゆるマイノリティというのとも少し違って、あくまでアンダークラス、人種や宗教や性別みたいな特定の社会集団というより階級を代表していて、それゆえの孤独というのが彼を非常にユニークな存在にしていたんだと思います。不可解な自殺など、なんというか不安な空気みたいなものが続いたまま新年を迎えようとしていますが、2021年はどういう年になるんでしょうね。

 

マラドーナが史上最高だとよくわかる動画!100年に一人の天才によるゴール&ドリブル サッカースーパープレイ アルゼンチン代表 ナポリ バルセロナ【Legend】 - YouTube