勝つときは汚く 負けるときは美しく

ふと気がつくといつも似たような話をしているので書き留めておきます

生誕500年祭なので今川義元公のいいところ挙げてく①

 まず家柄がいい。

 

 御所(足利将軍家)が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐ

 

 つまり今川氏は足利将軍家の継承権を有する一族ということである。これは天文22(1553)年『今川記』記載の記事だが、なにか室町幕府にそういう決まりがあるわけではなく、足利尊氏が遺言でそう言い残したと今川氏で伝承され、それを採録したということらしい。

 この僅か7年後に義元公は桶狭間で無念の敗死をするわけだが、天文年間はまさに今川義元公の治世にあたり、今川氏の最盛期と言っていい時期である。我が世の春を謳う名門今川氏の自負の表現と言える。

 

 継承権云々は歴史的事実というより家伝の類の話だが、今川氏は紛れもなく足利氏の一族である。

 正確には足利将軍家の御一家吉良氏の分家が今川氏で、吉良氏というのは忠臣蔵に出てくる吉良上野介の、あの吉良である。

 

 足利氏の分家は三管家の斯波、細川、畠山を始め有力な氏族がいくつもあるが、吉良氏はそのなかでも別格とされていた。

 斯波氏、細川氏などは幕閣の最高位である管領職を相伝して数カ国の守護を兼任するなど大きな権勢を誇ったわけだが、当時の家格意識では管領職にせよなんにせよ役職に就くということは家臣扱いということで、分家の中でも特に家格意識高い系の吉良氏は、室町幕府が安定して以降は一門扱いの式評定衆という名誉職だった。

 実際、吉良氏は草創期から南北朝期にかけては何度か守護職引付頭人などの実務方を務めたが長続きせず、他の足利一門のように勢力を伸ばせなかった。実力的には鎌倉時代から南北朝、戦国期を通じてほぼ一貫して地方領主程度の規模しかもたず、同族内で内紛ばかり起こしては今川氏や徳川氏に従属したり反抗したりしていた弱小豪族の域を出なかったのである。

 のちに徳川家康に家名を惜しまれて旗本に取り立てられ、幕府の儀式・典礼を司る高家を務めるようになり、紆余曲折を経つつも実に明治維新まで生き残る。

 吉良上野介浅野内匠頭に殿中作法を教えるときに苛めすぎて刃傷沙汰になったのも吉良氏が高家を務める家柄だった故である。

 かように吉良氏は家格の高さだけで鎌倉時代から実に600年存続した稀有な一族なのである。超おもしろくない?

 

 吉良氏の話ばかりで全然義元公に辿り着かないが、おもしろいのでもう少し吉良氏の話を続けたい。なぜ吉良が別格かというと尊氏より約150年ほど遡る足利義氏というひとが承久の乱の勲功で三河守護に補任され、その庶長子の長氏が義氏から三河吉良庄という荘園の地頭職を相続して吉良氏の祖となった。吉良庄はもともと摂関家領として一条家九条家相伝されていたが、いわば承久の乱に勝利した武家勢力に横領されたわけである。

 さて側室の子である長氏が吉良氏を興して三河足利氏の筆頭となり、正室の子だった弟の泰氏は足利氏嫡流を継いだため、宗家の兄筋から分かれた家ということで吉良氏は別格となったということらしい。

 足利氏が幕府を開くと同じく足利一門の渋川氏、石橋氏とともに御一家となり、管領と同格、その筆頭の吉良氏は管領より上位とされて宗家断絶の場合は将軍職の継承権を有する家柄とされた。

 いわば万が一嫡流が途絶えた場合に血統を維持するためのストックとして指名された一族であり、機能としてはのちの江戸幕府御三卿に相当する。

 幕末、最後の将軍となった徳川慶喜御三卿のひとつ一橋家の出身で、水戸徳川家を継いだ後に将軍家を継承している。

 徳川一門には水戸家、尾州家、紀州家の御三家があったわけだが、御三家はそれ自体が100万石の格式の大名でもあり、その継承問題は宗家に準ずる重大事だったから、将軍家と御三家双方への後嗣の供給源として御三卿が設置された。

 とかく将軍家にせよ御三家にしろその当主は強大な権勢を誇るわけで、その継承問題が拗れると深刻な御家騒動に炎上しかねない。なので、ストックには政治的に中立で軍事的・経済的に非力な方がなにかと話がまとまりやすい。御三卿は10万石クラスの大名だが、当主は従三位まで叙位されるので家格は高かった。室町幕府における吉良氏も似たような地位にいたと言える。

 斯波氏、細川氏なんてのは管領として将軍家以上の権勢を誇ったわけで、そんな家に嫡流を継がせたら乗っ取られるに決まっている。それは誰にとっても宜しくない。その点、吉良氏は幕閣としては式評定衆という名誉職で実質的な権限がなく、領地は三河の一荘園の地頭どまりで打って付けの存在なのである。

 継承権があると言っても宗家にも当然兄弟やらの候補はいるわけで、実際吉良氏から将軍候補が立ったことなぞ一度もなく、ただただ家格の意識だけ高い系で絶えず一族で内紛を抱えていた弱小氏族、それが吉良氏。

 

 そしてその吉良氏から颯爽と今川氏が登場し、東海一の弓取りと称された戦国の雄、今川義元公を輩出するのである。

 

(続)

 

銅像設置決定!今川義元公の銅像をみんなと一緒につくりたい! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)

 

今川義元 (人物叢書)

 

2018年のヘビロテ ゆく年くる年

10位

[Streets of Fire: Collector’s Edition: Nowhere Fast (HD) - YouTube]

Blu-rayが出たかなんかで久しぶりに聴いてやっぱりこのダイアン・レインは最高。歌ってないとは思えない。

 

 9位

【Yngwie Malmsteen】 - 「Rising Force」 VOCAL + GUITAR COVER † BabySaster & Arpie Gamson - YouTube

女装子かつゴスロリが弾いてみたで非常にモダンだなと。

 

8位

1ミリも知らないベース弾き方講座をアフレコしてみた - YouTube

例年ヘビロテ。

 

7位

Saint Seiya - Pegasus Fantasy/Los Guardianes del Universo (Lat - Jap) | Metal Cover (Paulo Cuevas) - YouTube

数多あるペガサス幻想のなかでも白眉。小宇宙が燃えている。

 

6位

BARBEE BOYS 目を閉じておいでよ - YouTube

今年のマイリバイバル第1弾。いまみちともたかのギターは大好き。

 

5位

西寺実 / あゝ無情 - YouTube

今年のマイリバイバル第2弾。寺田姐さんが大好き。

 

4位

Fear, and Loathing in Las Vegas / Return to Zero - YouTube

パラパラ再評価。

 

3位 

PassCode - Club Kids Never Die (live at Studio Coast, 2016) - YouTube

これは神曲。初めてアイドルを応援する気持ちがわかった。主にデス声の娘にだが。

 

2位

BAND MAID / REAL EXISTENCE (April 13th, 2018) - YouTube

Band-Maidは自分ゴト化され過ぎてもはやヘビロテとかで括れない存在だが。まぁコピー&練習するのに死ぬほどヘビロテ。

 

1位

INDIAN STREET METAL ("Ari Ari" ft. Raoul Kerr) - Bloodywood - YouTube

2018年最大の発見。やっぱインド凄えなと。

 

 

2018年に読んだ本 ゆく年くる年

10位

デジタルマーケティングの実務ガイド

デジタルマーケティングの実務ガイド

 

 この手の本て心構えや考え方か、あるいはツール類のマニュアルの類ばかりで、マーケティング実務をやらない/できない奴がやったつもりになるためのキャリアポルノばっかだよねと、まさにそこを補う趣旨で発注者/広告主側からの視点で書かれたガイド。地味にありそうでなかった感じ。

 

9位

 モウリーニョに「監督の仕事は日々の練習を考えることだ」という言葉があるけど、なんか頭の中で凄く壮麗緻密な絵図面を書くことばかり考えるひと多いよね。具体的に「何々をしなさい」という形で表現できないと絵は絵でしかないんだけどね。

 

8位

モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー

モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー

  • 作者: レナート・バルディ,片野道郎
  • 出版社/メーカー: ソル・メディア
  • 発売日: 2018/06/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 footballista の連載の書籍化。「数的優位」が完全に過去の概念であることがよくわかるし、90年代に世界を席巻したプレッシングを未だに最先端に奉っている日本が20年遅れていることもよくわかる。

 

7位

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)

 

 「教養」の絶滅はもはや避けられないよなぁと感じつつ、でも反知性主義紙一重のマッチョなプラグマティズムばかりでもなぁ、じゃあどうすればいいのという論点からあんまり結論を急がない微温的な対談がわりと新鮮。

 

6位

影の中の影 (新潮文庫)

影の中の影 (新潮文庫)

 

 月村了衛は何を読んでも面白いが、ちょっとあり得ないくらい酷いことになってるウィグル自治区を巡る謀略戦を題材にしたハードボイルド。

 

5位

 

 今年はワールドカップイヤーだったんでサッカー関連の書籍が多かったが、大会前後にこの著作を読んでいたのはとてもよかった。日本のサッカー会が20年遅れていることは必ずしも日本人が後進的であることを意味しない、そう思える気鋭の論客。

 

4位

古代国家はいつ成立したか (岩波新書)

古代国家はいつ成立したか (岩波新書)

 

 周知の通り地味に日本史学の近年の発展は目覚ましいものがあるわけだが、丹念な史料の精査と調査技術のアップデートで古代のことも自分が学生だった頃より随分と学説も様変わりしている。弥生時代も紀元前10世紀まで500年遡るのが定説化しているらしい。

 

3位

 史学が躍進しているのは中世も同様だが、戦前は国学の流れを汲む史学というより国文学に近い実態、戦後は唯物史観をもろ食らった観念的な左派史学と、どちらにしても残念な状況が続いたのに対して、網野善彦以降、史料の地道で丹念な読み込みと調査の成果がここに来て非常に面白い若い研究者を輩出するようになってきている。特に良くも悪くもイデオロギーに偏した位置付けだった武士論の領域は活況を呈していて、この著作も新書ながら質が非常に高い。

 

2位

 

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)

 

 AV監督二村ヒトシによる抉るようなエッセイ。読んでもなんだかよくわからないというひとは、それはとても恵まれているんだと思う。

 

1位

今川氏滅亡 (角川選書)

今川氏滅亡 (角川選書)

 

 活況を呈している史学の波が遂に今川氏にもっ!!と胸熱しかないが、近年の史学研究のベースになっているのは紙背文書(紙が高価だった時代、なにかの用途に使われた書類の裏側も使われたために遺った文書)や旧家所蔵の書簡、誓書、契約書などを読み込んで当時の社会関係を再現するというものなんで、今川氏みたいに滅びちゃった大名は遺っている記録が少なくて、やっぱりイマイチよくわからんのだなと。しかし著者の今川氏復権への熱い情熱にはリスペクトしかないので1位。





 

2018年に観た映画(ドラマも) ゆく年くる年

⑩エンドレス・フィアー

 マイケル・マドセンが出てるってだけで観たんだが、最後のオチまで観るとまるっきり違う映画になる。それまであんまり出てこないマドセンは、ラストの演技をするためにキャスティングされたんだなと。

『エンドレス・フィアー』予告編(日本語字幕) - YouTube

 

⑨淵に立つ

 浅野忠信って芝居が上手いと思ったことはないんだけど雰囲気俳優というか、感情があるんだかないんだから分からないような役によくハマる。映画としてはなんら救いのない痛々しい話だが、筒井真理子の前半と後半の演じ分けは見事。

「淵に立つ」予告編 - YouTube

 

⑧アナイアレーション−全滅領域−

 とても美しいはずなんだが、どこか不協和で不安を掻き立てられる映像と音楽が秀逸。ナタリー・ポートマンちゃんが出てるが、シナリオや演技より映像と音楽で原作のテーマを再現する演出が秀逸。

アナイアレイション -全滅領域- - YouTube

 

⑦哭声

 ともかく國村隼の怪演が光る。『帝都物語』の嶋田久作演じる加藤保憲に匹敵する怪人ぶり。

3/11(土)公開 『哭声/コクソン』予告篇 - YouTube

 

⑥ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス

 アメリカン・ゴシックに類するホラーだが脚本が秀逸で、一見よくあるアメリカの旧家に纏わる怪談のようだが、実は離合集散を繰り返す現代的な家族の問題の物語。謎解きよりも怪異な経験を通じて家族の傷が開いたり閉じたりしながらラストの止揚に雪崩れ込んでいくストーリーが一気見させる。

『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』予告編 - Netflix - YouTube

 

紀子の食卓

 人間のみっともないところをみっともないままそっとしておかないと流血の大惨事になってしまう、いかにも園子温っぽい作品だが、光石研吹石一恵、若き日の吉高由里子、のちにAV女優になっちゃったつぐみなど、キャストの好演が光る。

紀子の食卓 予告 - YouTube

 

④カメラを止めるな

 どの評価をみても面白いっていうから珍しく映画館まで足を運んだが、本当に面白かった。曲がりなりにも映像の仕事をしてたんで、前半の長回しはよくこんなの撮る気になったな狂ってると痛快極まりない。またそれが劇中劇になっているアイデアと、なによりこのシナリオを本当に映像化しようと考えた蛮勇が素晴らしい。のちに盗作騒ぎも出たが、やはりこれを映像でやろうとした気概を評価したい。

映画『カメラを止めるな!』予告編 - YouTube

 

DEVILMAN crybaby

 言わずと知れた永井豪先生。かつてのアニメ版ではなく、コミックあるいは朝日ソノラマ文庫版に割と忠実なシナリオを、思いっきり現代的な画風と音楽でアレンジしていて賛否両論ありそうだが、最近リメイクとは名ばかりのネームバリューだけ借りて原作への敬意に欠ける駄作が多いなか、これはリスペクトに満ちたリメイクに感じて好感もてる。

トラウマ的衝撃に備えよ!『DEVILMAN crybaby』スペシャルムービー - YouTube

 

②ハードロマンチッカー

 下関と小倉が舞台で、不良とヤクザと在日とコリアンが入り乱れる、いわゆるヤンキーものというかバイオレンスものなんだけど、大して派手な立ち回りもなく、ただひたすらに下関の街が寂びている感じは『新世界』みたいなコリアン・ノワールに近い感触。

 たまたま北九州出張に近い時期に観たんで、ついでに下関に足を伸ばしたんだけど、劇中では下関からみると小倉がとりあえず進出する繁華街に描かれてて、確かに近い。国立から新宿まで行かずに吉祥寺あたりに出る感じかね。

『ハードロマンチッカー』予告編 - YouTube

 

ディストラクション・ベイビーズ

主演の柳楽優弥イカれっぷりが素晴らしい。松山を舞台に柳楽がひたすらに誰から構わず喧嘩を売りまくる話なんだけど、何度ボコボコにされてもしばらくのびてると復活してまた喧嘩を始める、の繰り返し。確かにこういう何考えてるか全然わかんない、不良とも言い難い、ただただ暴力に取り憑かれてるような奴は稀にいて、理由がない分ほんとに怖い。

映画『ディストラクション・ベイビーズ』予告編 - YouTube

要するに弱者の戦略

杉山氏が森保ジャパンに異議。日本サッカーのガラパゴス化が進む

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180725-00010000-sportiva-socc

 

 お馴染み杉山茂樹。森保がどういう監督か、Jリーグみてないから知らないんだけど、オシムー岡田ー(アギーレ)ーハリルー西野と朧げながら繋がったのは、日本のサッカーって3バックか4バックか、攻撃的か守備的か、ポゼッションかカウンターか、そのどれでも要するに勝てなくて、出来るだけスカウティングして分析して試合ごとに緻密なゲームプランを立てて、選手は頑張ってそれを忠実に実行して、それで始めて列強とそこそこ勝負になるということだと思うんです。

 

 これが日本のサッカーですみたいなのは通用しなくて、正解は日本のサッカーは相手によって変わる、相手の弱点を研究して徹底的にそこを突くということなんじゃないかというのがロシアで西野さんが示したことで、これは案外ハリルやオシム、岡田さんと同じ路線だったと。西野さんはリアリストだから、ワ杯でガンバみたいなサッカーしないわけですよ。相手を研究して相手の良さを消して、ピッチに送る選手の武器を一点突破で勝ちに繋げる、そのためにスタッフは物凄く知恵を絞り、選手はそれを忠実にやり遂げる、それが日本のサッカーだと。そのために必要な自己犠牲や技術はある、それが日本らしさなんじゃないかと。

 

 西野さんの「なにが足りなかったんでしょうね」も技術や戦術というよりも、やはり狙いはかなり当たってて選手もそれを忠実に遂行してたにも関わらず勝てなかったということなんだろうなと。やはり西野さんに足りなかったのは時間で、なんとかスカウティングして分析してゲームプランは作った、招集した選手もそれを理解してやってくれそうな選手だけ、でもゲームプランというのは結局個人のもっている技術戦術から組み立てるしかないから、時間的にプランBプランCを用意するリソースも、その骨格になる組織作りもできなかった。あくまで間に合うもののなかから最善というのがロシア大会の日本だったなと。時間があればできたからどうかはまた別の問題。

 

 だから継続性が必要なのは裏方のスタッフやテクノロジーも含めた日本代表全体のパッケージで、日本のサッカーというのは3バックか4バックか、守備的か攻撃的かではなくて、どれでもあり得るということなんだと思うんです。森保がどういうスタイルかより、そのパッケージを運用できるか、なんとなく五輪も兼ねるということで、そこは意図にある気はするけど。

 

 杉山茂樹はある種の原理主義者なんで競技として現れるスタイルのところでの連続性を問題にしてるけど、そういう議論自体、今回の日本代表によって過去のものになったと思うんですけど、どうですかね。原理主義っていうのは強者の贅沢で、弱者というのは勝てるならなんでもやるべきだと思うんです。日本人はこういうの敗北主義として嫌うからそういわないのか、単に説明できないだけなのか、そこの連続性を問題にしていないのか、そこはこれからみてみないとわからないなと。

なにが足りなかったんでしょうね

 清水の監督だったゼムノビッチさんという人がが「日本の2対0は危ない」と言ってたそうで、欧州だと2点差って余程のことがないとひっくり返らないから試合を閉じにかかるんだけど、日本の選手は1点返されると浮き足立ってガタガタっと崩れるんで結構ひっくり返ると、そういう意味らしい。

 

 今回の試合がじゃあそういう試合だったかというと、そこまで浮き足立った印象はあまりなく、3点目を取りにいく采配が裏目ったという批判も、そりゃ負ければ当然出るわけだけど、そこはもう監督の決めの問題でしかなく、ベルギー相手に残り40分守り切る自信があるかと言われると、どっちかに張るしかなかった。どちらかに張る判断を早く出来るのが西野さんの大いなる美徳で、決めない時間が長過ぎる方が傷は大きかっただろうと。その意味では遅過ぎではなかったんじゃないかなと、この辺はもう観る人による。

 

 大迫なんかは2-0のあともっとはっきり守るべきだったみたいな趣旨のコメントもしてたけど、ベルギーはフェライニ入れて高さ勝負見え見えだったんで、ゴール前にドン引きしてルカクフェライニのターゲットにボンボン放り込まれて、アザールとデ・ブライネにミドルシュートをガンガン蹴り込まれて失点しないイメージはない。ある程度押し返さないと守り切れる残り時間ではなかった。

 どう守るかの問題なんだろうけど、カウンター狙いの武藤より本田を入れたのは少しでも前で少しでも長くキープして欲しかったんだろうし、柴崎下げたのは体格的に守備に限界があるのと、やっぱり必殺の縦パスはカットされるとまたすぐ逆襲喰らうんでまず守備、そして確実に繋ぐというタスクで山口蛍、多分そういう指示だったんじゃないかなと。

 

 始めから振り返るとベルギーは3-4-3、GLよりもメルテンスがサイドに張らないんでほぼ3-4-2-1、何れにしてもアザールルカク、デブルイネ、カラスコメルテンスの5人をみんな出したい、ベルギーは攻撃も守備も個人技ありきなんで、もういい選手を出来るだけ沢山送り出すスターシステムっていう考え方なんだろうなと。

 

 対する日本は基本的な並びはあんまり変わらないけど守り方はかなり考えてきてて、ベルギーの最終ラインがボールをもつと

 

①大迫と香川の2人はセンターバックへのマークを捨てて中盤のラインに入ってデブルイネとヴィツェルをマークして乾、原口と横並びのラインをつくってベルギーのDFラインから中盤に繋がせない。

ルカクは吉田と昌子の2人でマークする。

③長谷部と柴崎はその前でアザールメルテンス

④乾と原田は対面のウィングバック、

ルカクのところは2対1にしつつ、他は1対1で掴まえておいて、ボールサイドのサイドバックが連携してアタッキングサードでは2対1の関係でチャレンジ&カバーを徹底する。

 

 もとからチカラ比べではなくて知恵比べというか知恵対チカラの試合なので、少なくとも対策では上回ってたし、前半はかなり守れてた。みようによっては4-2-4-0みたいな形だけど最終ラインは頑張ってかなり高めにしてお互いの距離感縮めてたので、かなり狭いスペースに押し込んで2対1はつくれてた。というかアザールとかルカクは1人じゃ無理。

 前線の選手を守備組織に組み込むやり方はアトレティコシメオネに近い。西野さんは試合ごとに結構いろんな戦術トレンドを取り入れて、山本さんも折に触れてスカウティングスタッフを褒めてたけど、物凄く相手を研究して対策を立ててゲームプランをたてて、選手もかなりそれに応えられていた。この辺は本当にちゃんと総括した方がいい。西野さん自身そういう監督だし、実はハリルのやり方でもあった。ハリルはそれで「スタイルがない」と批判されてたけど、現実にはどことやってもいつも勝負になるチームなんていまの日本代表に望まないわけだから、スカウティングとゲームプラン、それを精確に実行できる選手、それが日本らしさなんじゃないのと。

 

 ベルギーは本来ウィングのカラスコを無理矢理ウィングバックで起用してるので左サイドの裏は空く。これはもうずっとそうなので、ここはも穴を空けといても攻め切るという考え方なんだと思う。

 GLにもましてデブルイネが守備をしないのでヴィツェルが走り回ってカバーリングしてたが穴は絶対空く。ここが完全に狙い目で、日本は左は乾、香川、長友の細かいパスワークで形つくれてたけど、右は原口や酒井がカラスコを振り切って長い距離走ってそこに柴崎がバスンとロングパスを通す。長谷部や吉田もたまに狙ってたけど、やっぱり柴崎でないと通らなかったね。原口の1点目は完全にこの形で狙い通りだったと思う。左のパス交換で人を寄せておいて空いた右に走りこんでサイドチェンジで一気にゴールまでいくというのは試合前のプランだったんだろうなと。

 

 2点先行されたベルギーはなりふり構っていられないので、メルテンスカラスコを諦めてフェライニとシャドリ投入、ある程度パワープレイでくる。

 ベルギーも流石に個人技だけのチームではないというか、並びも弄ってきて、デブルイネを1列上げて純然たるトップ下に入れてアザールを前がかりにして3-4-1-2の1に近い形にして、フェライニヴィツェルと並んで中盤センターのゾーンを守りつつ(3-4-1-2の4の真ん中)、攻撃時には一気にルカクの近くまで行ってクロスのターゲットになる。左はシャドリ外に開いてクロッサーになりつつ、守備時にはヴィツェルの脇につけて、3バックは左にスライドして右にムニエが落ちてきて4バックを形成して、4-3-1-2のような形になる。これで香川や乾がパスワークするスペースと逆サイドをある程度消せた。

 日本もブロック守備なんで入ってきた選手を捉まえようとするんだけど攻撃のときと守備のときでベルギーがポジションチェンジしながら入ってからので、前半のような2対1がつくれない。試合中に負けてる状況でパッとやり方変えられるのは、やっぱりベルギーの選手の個人戦術の高さ。個々にやってることは微妙な変化なんだけど、組織力があるっていうのは結局ワンプレーワンプレーのディテールの積み重ねなんですよね。日本は用意したプラン完遂するという点では今大会かなりいい線いってたけど、やはりこの辺で個人の差が出ちゃうかなと。優勝候補との違いというべきか。

 ベルギーはブラジル戦ではこの後半の形をスタメンにしてきたので、カラスコメルテンスを併用したスターシステムを諦めたのか、格下相手用のプランだったのかどうか。

 

 ベルギーの1点目はフェライニ入れてパワープレイでクロス放り込んだところで、川島が反応して前に出たんだけど、選手が密集して競ってるんで薄くしか触れず、パンチングに切り替えてペナルティエリア内にはたき落とす形になる。乾が戻りながらクリアしたけど逆サイドに振るのが精一杯でベルギーの選手に頭で折り返されて、この時点でもう川島は右往左往してるだけなんでゴールガラ空きで、ループシュートみたいになって失点。

 出るんだったらペナルティエリアの外まで弾かなきゃ駄目だし、ベルギーがターゲット増やして密集してるんだから、放り込まれたときに周囲の状況がみえてないで軽率にゴール空けた川島の判断ミス。この手の周りがみえてな判断ミスが今大会の川島には多い。セネガル戦でパンチングしたのがそのままマネに当たって入ったのとかもそうだし、メンタルの問題なのか試合勘の問題なのか。

 2失点目はセットプレイ崩れでペナルティエリア左側でアザールにボールがこぼれて大迫がマーク、それまでアザールには2人でいくっていうのを一生懸命やってたのに、なかのマークをみててサポートにいけず大迫が1対1のまま対応して、右足のシュートが1番怖いからそっちを切って、切り返されて左足でクロス上げられてフェライニの頭でゴール。アザールは狭いスペースでも左足で正確なクロスを上げる技術があるから結局1対1で防ぐのは無理っていう、百も承知のパターンで、なかのマーク捨ててでも誰かサポートにいって左も切れればっいう、もうそういう瞬間のディテールの差。

 

 試合前に準備したプランは完遂できたし、このレベルにならともうスーパープレイの1つや2つでないと勝てないけど、川島には2つビッグセーブがあったし、乾のスーパーゴールもあった。

 3点目を取りにいく選手交代、逆転カウンター喰らった本田のコーナーキックも勝ってるならともかく、ロスタイムで2対2、延長になって勝てる見込み、守り切れる見込み、考えてみて狙いにいっちゃったのが判断ミスとまで言い切れるか。

 

 確かに負けた理由を探せばいくらでもあるけど、この試合に限って言えばベルギーが負けるべき理由だって一杯あったし日本が勝つべき理由だってあった。アップセットを演じるだけの準備は出来てたし、足りないところだって、どんな試合、どんなチームでもあってもこれくらいはあって、それでも勝つチームはいくらでもいる。なのになぜか日本はディテールのちょっとしたところの差が全部敗戦に直結してしまう、それが何故なのか。西野さんの「なにが足りないんでしょうね」というのは、本当にそれくらいの手応えがあったんだと思う。

 

 スカウティングとゲームプラン、その精確な実行。もともと技術委員だった西野さんとハリルのあいだには結構連続性があったし、初めて日本の勝ち筋みたいなものが見えかけた大会だったんじゃないかなと思う。それだけにアップセットを演じて欲しかったし、その条件もあったと思う。なんとかリセットされちゃって美談に埋もれてしまわないで欲しいなと思います。

ベルギーはまだよくわからない

ベルギー 5-2 チュニジア

 

 ベルギーは黄金世代と言われながらメジャー大会では毎度鳴かず飛ばずで、いい選手はいるんだけどなんとかそれを並べてるだけ、前回大会でもユーロでも個々人が力技で仕掛けては潰される印象ばかり残った。

 

 今回のチームがそれからどれくらい変わったかなんだけど、このチームの場合は良くも悪くも個々人の能力の高さが特徴になってるんで格下相手の試合だと真価が測りにくい。

 ベルギーの命題はアザールルカク、デブライネ、カラスコメルテンスの5人をどう並べれば攻守の均衡を保って組織を構築できるのかなんだけど、このチュニジア戦では3-4-3で組んできた。

 デブルイネがグアルディオラの薫陶を受けてセンターハーフでもやれる目処が立ったんで、全盛期を過ぎた感のあるフェライニを外してヴィツェルと並べる。3バックにしたのは左サイドバックにこれといった選手がいなかったのか、ナポリのエースに成長したメルテンスカラスコをどうしても同時に使いたかったのか、カラスコを本来の左ウイングからウイングバックに下げて起用、右ウイングバックは本来サイドバックのムニエ。一見して、どうゆう試合をするかより出したい選手を全部出すために組んだ布陣にみえる。

 

 一方のチュニジア北アフリカのチームらしくボールコントロールが巧くてよく走る悪くないチームなんだけど、フィジカルの調整に失敗したのか選手がやたらとすぐ怪我して前半早々に2人交代、ちょっと微妙な判定でPKを取られたりで、正直この試合でベルギーの実力を判断するのは難しいかなと。

 少なくともベルギーの守備組織に関しては相当怪しいというか、強いチームとやったときにこれで大丈夫かいなという印象が強い。

 前線は3トップでセンターは当然ルカク、デカくて速い、往年のジャージウエアっぽいストライカー。いわゆる基準点型だけどドログバほどのパワーはないかな。その分結構動く、ベンゼマに近いプレイスタイル。そのルカクに絡むのがエースでキャプテンのアザールメルテンスメルテンスはほぼ右サイドに張り付いてウイング的な動き、アザールはサイドに出るというより自由な動いてトップ下に近い仕事をするので、前線は非対称。3-4-3ってかなりマンツーマン的なマッチアップしないと守れないので、この前線の3人がファーストディフェンダーとしてほぼ機能しないので中盤でのフィルタリングが効かない。

 右ウイングバックのムニエはもともとサイドバックなので縦に激しく動いて攻守ともにチャレンジできるし、メルテンスもサイドに張り付いているので比較的近くにいることが多いから、ボールを失ってもわりと高めの位置で相手を捉まえられるけど、左はアザールが中に入って開けたスペースをカラスコが使ってサイドアタックするのでその後ろのスペースはほとんどの場合はヴィツェルがカバーに入る。ボールを奪られたらアザールカラスコのサポートに入るというよりヴィツェルがサイドに流れて空いたところに降りて、デブルイネと並んで中央のスペースを埋めることが多く、カラスコはもともとウイングの選手なので頑張ってマークについてもなかなかボールを取り返すところまでいかない。右のメルテンスもある程度ついて行ったら追わなくなるので、全体としてベルギーの中盤はネガテイブトランシジョンは遅くはないのだけどバランスが悪くボールホルダーを捉まえ切れないのでズルズル下がってゴール前まで入り込まれる頻度が高い。

 ベルギーのセンターバックは競り合いに強く放り込まれても跳ね返せていたので一見余り危なくみえなかったし、この試合は早めに先制点が奪れてカウンターに丁度いい展開になったので大きな問題にならなかったけど、強いチームと当たってあそこまで簡単に中盤に突破されていたら抑えきれないんじゃないかしら。ヴィツェルがサイドに引っ張られる頻度が高いのでセンターがアザールとデブルイネの2枚だと簡単にバイタルやられそう。

 現になんだかんだでチュニジアに2点奪られる出入りの多い試合になったのは中盤がザルだったから。カウンターになったらルカクアザールは高確率で決める個人技があるし、チュニジアも前半で負傷で交代2枚使って後半は足が止まっていたので大量得点になったけど、強いチームと当たったときに個人技で打開できずにやられる毎度のパターンを繰り返しそうな気もする。この辺り、パナマチュニジア相手の戦い方と強豪との戦い方でうまく切り替えられか、次のイングランド戦は消化試合になるので、結局ラウンド16にならないと分からないという意味では、グループリーグの対戦順は良かったのか悪かったのか微妙かもしれない。