勝つときは汚く 負けるときは美しく

ふと気がつくといつも似たような話をしているので書き留めておきます

螺旋的に

10年前の今日のことを、思い出せることももう記憶が薄れてることもあるんですが、14時46分には私は渋谷にいて、仕事で奥さんみたいな人たちを集めてFGIをやってたんですね。

 

確かインタビューがもう終わるかなくらいのときにグラっときて、すぐにこれはふつうの地震じゃないなと。とりあえず揺れが収まったかと思って外に出てみると、代々木公園やNHKのあたりでもうみんな外に出てきて、車とかも止まってなにかキョロキョロしている。みんなこれはとにかく異常なことが起きたなと、そういう感覚はもう報道をみるまでもなくあったんじゃないかな。放電現象なのかなんなのか、皮膚がピリピリする感じがあったし空の色もまだ夕方でもないのに紫みたいな変な色だったような気がするし。

 

交通機関が麻痺するかもしれないなと思って、集まってもらっていた奥さんたちにすぐ帰宅してもらって(とはいえやはり電車等動かなかったので、あとで安否確認の連絡をしたら皆さん歩いて帰ったりで大変だったのに変わりはなかったんだけども)、自分もすぐには帰れないなと思ったんで、知り合いの事務所に待機させてもらって、そこでTVの報道を観てどんどん津波が押し寄せて三陸海岸が飲み込まれていく光景というのを目の当たりにしてと、この辺はほぼ当時みんな共通の体験なんじゃないかなと思います。

 

TVの光景を見て、すぐに仙台に住んでいる知人が心配になって連絡をして、そうしたら1回目は繋がって、車でSCに買い物に行った帰りで地震が来て、いま道路が地割れで使えなくなっていて路肩に止めたところだけど、めちゃくちゃ怖いと。とにかくいま無事なんだなと思っていたら、もうそのあと繋がらなくなって、TVでは車や建物や道路がオンタイムで波に押し流されてるのが映っているわけですよね。自分はあんまり慌てない性格なんですが、ぶっちゃけその知人というのがその1年くらい前に付き合いのあった元カノということもあって、さすがに血の気が引いた思いがしたんですね。たった今メールを返信してきていた自分のよく知っている人間がもういま波に飲み込まれているかもしれないという、そういうあり得ないような想像が全然笑えない状況で。

 

それから何週間か、もしかしたら1ヶ月くらいあとだったかもしれませんが、その相手と連絡がついて、あのあと基地局が流されて携帯が繋がらなくなったこと、実家に避難してとりあえず身柄は無事なこと、電気がないんで携帯の充電もできないんで連絡出来なかったこと、いままだ大混乱で物資もないから素人がボランティアとか来ても迷惑だとか、そんなような話をすることができました。

 

だから、多分日本社会全体にその後与えた影響という意味では311って、多くのひとにとってそのあとすぐに起きた原発事故なのかもしれないですけども、いま思い起こすと私個人の最も強い記憶って津波なんですよね。

もちろん自分は東京にいたんですが、電話の向こうで「あ、アイツいま死んだのかもしれない」っていうのが、ずっと残っている。TVで映っている土砂だか濁流みたいなものの下にもういるのかもしれないって思った記憶ですね。

幸いなことにその知人は無事だったわけですけども、車で買い物に行っていたSCはすぐに飲み込まれたそうなんで、ほんの数分の差で生き残ったということだったそうです。そういう話が無数にあるんでしょね。

 

飛躍するんですが。そういうことがあって自分がそのとき思ったのが、おれもうちょっとちゃんと生きないと悪いな、なんか申し訳ないなと。なにが悪くて誰に申し訳ないのかもいまでもはっきりはしないんですが、その当時の自分は半ば世捨て人みたいなもんで、社会の片隅でまあ自分一人で生きていく分にはなんとかなるやみたいな感じで、それで別にいいやと。

でも結局生きている以上なんらかの形で社会の一部であって、どうしたってそういう共同性のようなものの外部にいるわけではないんですよね、そういうふうに思うのは自分勝手な錯覚であって。地震のあとに続いた原発事故も含めて、当時自分が感じたことはそういうことで、飛躍するようですが、もうちょっとちゃんと社会参加しようと、正直社会を変えるんだみたいなところに振り切れるまで自分に自惚れられないんですが、もう少しちゃんと働いて憲法に定められた義務くらいはせめて人並みに果たそうと、そう考えるようになって、いま勤めている会社に就職してからの8年半、あるいは結婚してから離婚するまでの7年間がすっぽりと含まれた、そういう10年間でした。

 

内面的には正直どれだけマシな人間になったか、多分あんまり変わってないんだと思いますが、外形的にというか社会関係としては当時に比べれば多少ちゃんとしてるのかな、一応勤労してるし納税してるし。去年コロナ禍みたいなことがあって、なんだかやっぱり考えさせられる時間というのがまた来て、ぐるうっと回ってきたけど完全に同じところに戻ってきたわけでもなくて、螺旋的に旋回している、そんなような時間の流れだなと感じます。

 

次にもう一周したら還暦に手が届くわけで、あと何回回るのかもわかりませんが、そうですね、10年経ってもやっぱり社会ってそんなによくはならないんだなと(笑)。できるだけちゃんとして生きていきたいなと、10年前とあまり変わらないことを考えました。